ハーグ条約


今新年おめでとうございます。
2013年が皆様にとって良い年になりますようにお祈りいたします。

新春の迎え、昨年12月16日衆議院選挙を行うために解散した臨時国会で廃案となってしまったハーグ条約(The Hague Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction: 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(外務省訳):以下「ハーグ条約」)への日本の加盟およびそれに伴う国内法の特徴、問題点、またハーグ条約そのものについての国際的評価や批判について4回にわたって考察してみることにいたしました。第一回目は、ハーグ条約の創設の歴史と条約そのものの基本的枠組みについて説明します。

ハーグ条約は、子に危害をもたらす国際的な違法な子の連れ去りと留置から子を守るための手続きを確立し連れ去られた子を迅速に従来の居住国に戻し、子へのアクセス権を保証することを目的として、1980年10月25日に創設されました。対象となる子は、16歳未満と規定されているので、16歳の誕生日を迎えた子についてはハーグ条約は適用されないことになります。2011年7月28日現在、世界の86カ国が加盟しています。米国、フランス、カナダ、ドイツというような国々から大きな圧力をかけられた日本政府は2011年5月にハーグ条約に加入すると宣言し、国内法の整備など準備を重ねてきました。

ハーグ条約は、主として西洋の先進国が加盟国の多数を占めます。アジア、アフリカ、中東などではほとんど加盟国はなく、日本の加盟は実現すればアジアで「先駆的??」な大きな動きとなります。年末に条約加盟法案が廃案となり、自民党政権に変わったという状況が今後のハーグ条約加盟、または国内法の整備にどのような影響を与えるのか、まだ先が見えないというのが現状です。しかし、上記の国々、特に米国からの圧力が自民党安部新政権にも及ぶことは間違いないと予測できるので、近いうちに国会に条約加盟法案が再提出されるという可能性は大でしょう。

ハーグ条約の第一条は、当条約の目的をa)いずれかの締約国に不法に連れ去られ、またはいずれかの締約国において不法に留置されている子の迅速な返還を確保することb) 一の締約国の法令に基づく監護の権利(Custody:通常は「親権」と訳されることが多い)および接触の権利(Access)が他の締約国において効果的に尊重されることを確保すること、と定義しています。

一方、ハーグ条約は監護の権利(親権)および両親が子を過ごす時間の割り振り(Parenting Time)というような通常の離婚裁判の際に裁判所が決定する事項についての決定には関わらないものとしており、ハーグ条約の枠組みにおいて当該対象国の裁判所が決定する内容はあくまでも「不法な連れ去りがあったか否か、子を元の居住国へ返還すべきか否か」という決定に限定されます。Friedrich v. Friedrich, 983 F.2d 1396, 1400 (6th Cir.1993) 言い換えれば、離婚裁判で争うような通常の親権や親の監護の権利の行使については決定は、元の常居所国の裁判所が決定すべきという原則に則っています。

ハーグ条約について理解するためには下記の概念が重要となります。

1. 不法な連れ去りまたは留置

「不法な」という定義は実際のケースを見ると複雑な要素を含み、何が不法であったかという決定は困難な場合も多々あります。

「連れ去り」と「留置」についても同じことが言えます。どんな状況であれば「連れ去り」や「留置」に該当するのか。実際のケースを見ると、判断が難しい、どちらとも解釈できるような場合も多々あります。

2.「監護権およびアクセス」

「監護の権利」や「接触の権利:アクセス権」という概念も実際両親が子と関わる具体的なケースを分析すると同様に困難に直面する概念です。

ここでいう「監護の権利」とは法的な監護権(親権)を含むだけでなく、幅広い親子のかかわりを含みます。ハーグ条約上の監護権とは、通常の離婚裁判の際の法的概念よりはるかに幅の広いものです。この中には、実際に共同親権者ではない片親が子の居住地に関してある程度の「拒否権」を有している場合には、看護権を有するとみなされるという独特の解釈が成立します。第5条は、a)「監護の権利」とは子の監護に関する権利を、特にその居所を決定する権利を含み、「接触の権利」には、一定の期間子をその常居所以外の場所に連れて行く権利を含む、としています。

3、「現実に行使されていた(Actually Exercised)」監護権であることの要件(第3条(b))

実際に連れ去りが起こった時点において、被害者である親(つまりハーグ条約に則り子の返還を求める権利を有する親)は現実に監護の権利を行使していたということが原状回復の要件となります。この「現実に行使されていた」という要件はハーグ条約上相当に緩く広範囲に適用されます。条約そのものにはこの「現実に行使されていた」という文言が実際に何を意味するのかについての定義はありません。過去の判例を見ると、この文言が「子とどのような種類であれ定期的に接触を維持していた、または維持しようとしていた」というような曖昧かつ広範囲に適用されています。同上Friedrich v. Friedrich. 

4.「常居所(Habitual Residence)」

常居所という概念も広範囲であり、第3条は子が連れ去りまたは留置の直前に常居住していた場所と定義しています。

米国連邦裁判所の判例を見ると、「常居所」は、一定の「定住目的」を含まなければならないとしています。Silverman v. Silverman, 338 F.3d 866, 898 (U.S. 8th Cir. App. 2003) 場合によっては長期休暇の滞在地が「定住目的」を有すると解釈された場合もあります。

ハーグ条約実施のための枠組み

ハーグ条約は、同条約の実施に当たり加盟国においてはそれぞれの中央当局が条約実施に責任を負うとしています。(第6条)米国においてこの中央当局は国務省であり、日本においては外務省となります。各加盟国の中央当局は、下記の役割を果たす義務を負っています。
a) 迅速に自発的な子の返還を保証するか、または友好的な事件の解決に導く。
b) 望ましい限り、子の社会的背景についての情報を交換する。
c) 当該加盟国における、ハーグ条約適用関連の国内法の一般的特徴についての情報を提供する。
d) 子の返還を実現するための法的および行政的手続き機関を提供またはそれらの業務を支援する。子への接触を効果的に実施することを保証または支援する。
e) 必要な状況に応じて、弁護士やアドバイザーを含む法的支援やアドバイスを提供するかそれらを支援する。
f) 子の安全な返還を確保するために必要または適正は行政的アレンジメントを提供する。
g) 両当事者に対してハーグ条約の運用に関する情報を伝達し、当条約の実施の障害物を除去する。

手続き開始:

1) 申請書を中央当局に提出:被害者である親(子を連れ去られた親)は、まず自国または相手国の中央当局に対して申請書を提出します。申請書には、申請者の国の言語(相手国の公用語)または英語かフランス語の翻訳を添付します。(第24条)

申請書には下記の情報を書き入れます。

a) 子、申請者、子を連れ去った者の名前。
b) 子の生年月日。
c) 申請者の主張(子の返還を求める根拠)
d) 子の現在の居所について既知の情報。子が現在共にいると思われる人物の名前。
e) 離婚裁判判決書、出生証明書、親権に関わる裁判所命令、写真、委任状などの証明付き書類。

2) 中央当局への子の返還を求める申請書を提出したら、次には相手国または自国において訴訟を起こすなど正式に法的手段を取る必要があります。米国の場合は、州の裁判所または連邦裁判所のどちらでも訴訟を起こすことができます。

3) 強制的な子の返還に関する例外

不法な連れ去りや留置があったと相手国の裁判所が決定した場合も、いくつかの例外規定に則り裁判所が子を強制的に元の常居所国に返還しないと決定することもあります。

a. 子の連れ去りから1年が経過した場合。「すでに子が現地によく適応している」こと。
b. 被害者の親が連れ去りの時点で子の連れ去りに合意していたか、特に反対しなかった。
c. 子が居所を決定できる程度に成熟しており、返還に反対している。
d. 連れ去りの時点で被害者の親が監護の権利を現実に行使していなかった。
e. 子の返還が子に対して重大な害を及ぼすという明白かつ説得力のある証拠がある場合。

次回の第二回目の記事では、ハーグ条約加盟国である米国とその他の加盟国との間で起こったこれまでのケースについて概観します。