新しい移民雇用規制


今回は2008年1月から施行される移民雇用・法関係の規則変更とアリゾナ州で独自に成立した新法についてお話します。「Save Harbor Procedures for Employers That Receive a Mismatch Letter (72 Fed. Reg. 45611, August 15, 2007)」は、8月にDepartment of Homeland Security (DHS国土安全保障省)の規則変更として採用されました。今年の夏以降、雇用者の立場からいくつかのご相談を受けました。「違法滞在者を知らずに雇用した場合でも、厳しい罰則が適用されるのでしょうか?」とか、「正式に労働許可を持たない学生をアルバイトとして雇用している場合はどうなるのでしょうか?」などというのが質問の主な内容です。

まずDHS規則そのものを見てみましょう。変更後、雇用者の義務が強化されています。改正後の規則は、雇用者がソーシャルセキュリティ当局(SSA)から従業員についてW-2がSSAのデータベースの情報と整合しない現状を改善するようにという手紙(「Employer Correction Request(またはNomatch Letter)」を受け取った場合、90日以内にこのような情報の不整合を訂正できない場合は、当該従業員を解雇しなければならないというものです。皆様のご存知のとおり、SSAという官僚組織を相手に、彼らのデータベースが誤っていると証明することは1個人、1企業にとって容易なことではありません。90日以内にその全てを終了するということは無理な場合が多いでしょう。

厳罰を恐れて、Nonmatchの通知を受けた途端に対象となった従業員を通知の内容が正しいか否か確認せず、90日を待たずに解雇してしまう雇用者、企業も現れるでしょう。疑われる可能性がある従業員を多数抱えた雇用主にとって、Nonmatch通知を受ける度に90日以内に当該従業員に関するNonmatchはSSA側のデータベースの誤りであることを証明するという努力をすることは大きな経済的負担になるでしょう。ご存知のとおり、全米で建設業者、農業、レストラン、清掃業者などは移民労働者に営業の存続を依存していると言ってもよい状況があります。これらの労働者の中には違法滞在者も割合は正確には不明ながら相当数いるものと考えてよいでしょう。この規則変更後、これらの業者、農業者団体、米国商工会議所、労働組合、人権団体などが反対の意見を表明し、同規則施行差し止めを目標として訴訟を起こしています。

現在では訴訟の成り行きは明確ではなく、同規則変更が「無効」という判決が出る可能性もあります。しかし、そのような判決が第一審で出ても、その結果が控訴される可能性が大であるため、同規則変更そのものの有効性・実施の見通しについては「神のみぞ知る」というのが現在の正しい状況判断になるでしょう。相談を受けた場合、「どうなるか分からないので、12月1の半ば位まで様子をみて、裁判の結果差し止め命令が出ていないようであれば、1月1日の施行に向けてやはり万全の準備(即ち、違法労働者を雇用していないことを確認し、もし雇用していれば解雇する)をするべきでしょう」というアドバイスをせざるを得ないという状況のようです。

SSAデータベース信頼性
訴状を読んで驚くことは、Government Accountability Office(GAO)という米国政府のお目付け役の報告によると、W-2などからデータを取りSSAのソーシャルセキュリティのデータベースに入れる段階で、「不整合」のデータが全てのデータの4%くらいの割合で日常起こり、特別な一時保留ファイルに入れられるケースが多いということです。実際の不整合の数としては、この一時保留ファイルには現在2億5,500万件分のデータが入っているということで、これに毎年800万から1,100万件の不整合データが加わるということです。原告となっている労働組合は、それぞれのメンバーが米国市民または永住許可者であるにも関わらず多数この「不整合」のために解雇されたり、職場で不利益や差別の被害に会っており、この被害を蒙る者は圧倒的にヒスパニック系またはアジア系移民や米国市民であると主張しています。このようなデータの不整合が起こる原因としては、1)SSAでデータ入力を行う者の不注意によるミススペリング、2)文化習慣の差による苗字の書き方(語順など)の相違、米国風のニックネーム(愛称)を職場で使用しているが本名は異なる場合など、3)結婚・離婚などによる苗字の変更、4)SSAが二重にソーシャルセキュリティー番号を発行したり、すでに死亡している人のソーシャルセキュリティ番号を別の人に発行したりという誤りなどが指摘されています。このようなデータベースの不正確性により、今後いわゆる「Nonmatch」の通知がSSAから雇用者に出された場合、20%くらいの確率でデータベースそのものの誤りが原因でNonmatchとなったというケースが起こるであろうと予想している専門家もいます。

米国市民や労働許可を有する移民や一時的滞在者(H-1ヴィザなど)が、データベースの誤りから解雇されるという状況に陥った場合は、どのような対処が可能なのでしょうか?現在のところ、新規則ではこの「Nonmatch」の手紙、つまり、SSAデータベースが「正しい」ものとされ、法廷でこれを覆すのは至難の業となりそうです。雇用者、従業員両方の観点からみて大変な状況と言えます。

アリゾナ州法
アリゾナ州では、DHSによる規則改正にも増して雇用者を震え上がらせる法律が成立しました。(House Bill 2779:Arizona Revised Status Amendment Section 13-2009、Title 23, Chapter 2 修正)特にここで注目したいのは同法23-212および23-214です。これは「密告奨励法」とでも特徴づけることができるような法律です。州の司法長官、または郡の司法長官は、「労働許可を持たない者を意図的に(知りつつ)雇用している疑いがある」という報告(誰からでもよい)を受けたときは、当該情報に関わる雇用者を調査しなければならない。と義務付けていることです。すなわち、これまでのように両司法長官が自らの裁量で「XXXの疑いがある」というような報告や密告を受けた場合に実際に調査するだけの重要性があるか否か判断することができなくなりました。彼らはこのような報告や情報を受けた場合に、実際に対象である従業員の労働許可の有効性を自ら連邦政府の機関に問い合わせして調査しなければならないと規定されています。最終的に労働許可が有効であるか否かの判断は、州または郡の司法長官が行うことが禁じられています。上記調査の結果、当該従業員の労働許可が無効であるということが判明した場合、州または郡の司法長官はその事実をICE(Immigration and Customs Engorcement)当局および当該地域警察に報告しなければならないとされています。同時に当該「違法」従業員を雇用していた雇用主については、これを起訴しなければならないと規定されています。当該違反について、雇用主は第一回目の違反であれば3年間の執行猶予とされ、以降違反はしないという宣言書の提出を3日以内に求められ、これを提出しない場合は提出するまでライセンス一時停止の措置となります。二度目に違反を摘発されると、雇用者が有するライセンスの永久停止の措置が取られることになります。もう一つ、雇用者を震え上がらせる規定としては、第三者による当局への報告・密告の結果「違法労働者を雇用していた」と決定されると、同業者、競合などが集団訴訟を起こし「不正に営業上、競走上の利益を得た」として損害賠償を要求できることです。これは潜在的に当該企業や個人に甚大な経済的損害を与える可能性があります。

さて、DHSやアリゾナ州に対する訴訟ですが、複数起こされています。それぞれ訴状を読んでみると次のような興味深い(または不安な点)が浮かび上がってきます。カリフォルニア州連邦裁判所における訴訟の原告は、AFLCIO、San Francisco Labor Council、San Francisco Building and Construction Trades Council、General Council of Alameda Countyなど労働組合、被告はDHS長官のマイケル・チャートフ、DHSその他です。アリゾナ州連邦裁判所における訴訟の原告は、Arozona Contractors Association, Inc.、Arizona Employers for Immigration Reform, Inc., Chambers of Commerce of the United States of America (米国商工会議者)、Arizona Chamber of Commerce (アリゾナ商工会議所)、Arizona Hispanic Chamber of Commerce (アリゾナ・ヒスパニック商工会議所)、Arizona Farm Bureau Federation、Arizona Restaurant and Hospitality Association、Associated Minority Contractors of America、Arizona Roofing Contractors Association、National Roofing Contractors’ Association、Wake Up Arizona! Inc.、Arizona Landscape Contractors Associtionなどです。アリゾナにおける訴訟の被告は州知事ジャネット・ナポリターノとなっています。

新規則は、そのまま実施するにはあまりにも多くの問題があるように思われますので、幅広い原告による「米国憲法違反」を理由とする上記の訴訟により「差し止め命令」が出され、同規則の実施が一時的または永続的に中止となる可能性もあります。また、厳格な法律が成立した割合には、アリゾナ州法の場合詳細にわたる規定を厳密に施行する予算がほとんど付けられていないという現実もあるので、本当にさまざまな規定を実施できるのか疑問視する向きもあります。今後の成り行きが注目されます。第一審の結果は2008年の前半に出る可能性が高いでしょう。