ハーグ条約


第二回目の記事では、ハーグ条約加盟国である米国とその他の加盟国との間で起こったこれまでのケースについて概観します。

米国は1981年12月23日にハーグ条約に加盟し、実際に議会で同条約が批准されたのは1988年でした。条約加盟に伴って、1993年にはInternational Parental Kidnapping Crime Act of 1993(IPKCA: 1993年両親のいずれかによる国際誘拐の犯罪に関する法律)が国内法として成立しました。

米国の国務省による2010年版「Report on Compliance with the Hague Convention on the Civil Aspect of International Child Abduction (「ハーグ条約」遵守についての報告書)」(以下「2010報告書」)2010年4月10日付け)によると、2009年度中に1621人の子供の米国への返還を求めて新たに1135件の申請がなされました。この内828件がハーグ条約加盟国同士を対象とする事件でした。トップ10位の国が全体の55%を占め、その内非条約加盟国は、日本、インド、フィリピンの3カ国であり、残りの7カ国は加盟国を対象とするものでした。内訳としては、メキシコが309件、カナダが74件、ドイツが50件、英国が48件、インドが34件、ブラジルが24件、日本が23件、コロンビアが23件、フィリピンが20件、オーストラリアが18件でした。

同年度中、他の諸国から米国へ不法に連れ去られたとして元の常居住国への返還を求めて出された申請は、454人の子供に関するもので件数としては324件でした。トップ10位を見ると、メキシコへの返還が75件、英国が31件、カナダが29件、ドイツが18件、オーストラリアが14件、フランスが12件、コロンビアが10件、アルゼンチンが8件、ドミニカ共和国が8件、バハマが7件でした。全体に占める割合は、212件、65%でした。

同年度中、米国に返還された子供の数は463人、そのうちハーグ条約加盟国からの返還は324人(74%)でした。また米国から他の諸国へ返還された子供の数は154人でした。

少し古くなりますが、2003年に出された「A Statistical Analysis of Applications Made in 2003 under the Hague Convention of 25 October 1980 on the Civil Aspect of International Child Abduction (ハーグ条約に基づいて2003年に提出された申請の統計的分析)」(ハーグ国際私法会議事務局により2008年に出版)、2003年中に子の返還を求めて提出された申請書の数は1259件、アクセス(接触の権利)を求めて出された申請書は283件でした。その内訳は、大変興味深いことに、米国に対しての申請(米国へ連れ去られたので返還を求めた)が286件で最大であり、全体の23%を占めていました。英国が第二位で142件(12%)、スペインが第三位で87件(7%)、ドイツが第四位で80件(6%)でした。米国から他の諸国に対してなされた申請についても、最大件数を示しています。総件数の内、米国が167件(13%)、第二位は英国で126件(10%)、第三位はドイツで107件(9%)、第四位はメキシコで105件(8%)でした。全体の半数628件において、子が返還されました。413件(33%)において申請は却下となりました。113件(9%)は係争中となっていました。

「2010年報告書」によると、不法な子の連れ去りの件数は年を追って増加しています。ハーグ条約加盟国でありながら条約を遵守していない国の一つとしてメキシコが挙げられています。2009年度中メキシコ関連で未解決のまま残っている件数は52件でした。その理由として、メキシコ国内の警察が子の不法な連れ去りの問題に高い優先順位を与えないこと、各地の裁判所による返還申請書の処理が遅延することが多い、ハーグ条約条項実施のための国内法の整備が遅れていること、メキシコの裁判官がハーグ条約について十分な知識を有しない、連れ去りを実行した親が裁判所への呼び出しを無視する、ハーグ条約条文がメキシコ憲法に違反するというメキシコ国内における法的な議論、メキシコ国内中央当局が未解決の事件についての問い合わせに全く回答しないなどを挙げています。これらの事情は、その他の非遵守国とされる諸国においても共通点が多くあります。

ヨーロッパの実情としては、国内法として米国において裁判所命令に従わない場合に違反当事者に対して適用される「法廷侮辱罪(Contempt)」に当たる法的実施のシステムが欠如していることが多く、子の返還命令が出された後でも不法に連れ去った親が子を裁判所命令に違反して(無視して)子を返還しないという選択をした場合に、返還命令を実行する手段に欠けるという状況が多く起こりえるという報告もあります。

子供の権利擁護団体、不法に子を連れ去られた親たちなどから政治的圧力を受け米国議会議員や行政府の要人たちの中には、中央当局である国務省が「不法に連れ去られた子の米国返還」について相手国が条約加盟国であるか、非加盟国であるかに関らず、消極的であるという批判もあります。条約非加盟国である日本との係争において、子の返還がほとんどなされず自国民が不利な立場におかれているという認識から、これらの勢力が政治的圧力となり、政府当局により積極的にこの問題に取り組むように働きかけています。最近の米国政府から日本政府に対して行われてきた「ハーグ条約への加盟」勧告、日本政府の加盟の公約、加盟・批准を目指しての国会への法案提出などの一連の流れと急展開はこのような米国側の事情を背景として考えるとよく理解できます。

次回は、米国と日本との間で起こっているハーグ条約関連の事件、日本の同条約加盟の動きとそれに伴う国内法の改正について考えてみましょう。