日本の被災者に支援を

 

2011年が良い年となるように祈願してお正月を迎えたのもついこの間ですが、3月11日、日本は想像を超える大災害に見舞われてしまいました。2週間経過した今日現在、この地震、津波による大災害の犠牲者数は死者・(警察に届け出があった)行方不明者数合わせて2万7000人以上と伝えられていますが、実のところは明確には判明していないようです。この他にも被害にあったいくつかの町でそれぞれ数千人、1万以上というような数の行方不明者がいるようです。最終的には犠牲者の数は数万人に及ぶかもしれません。

ここ2週間、ニュースを見たり、インターネットでの情報を読んだりするうちに途方もない被害状況と自分では何もできない無力感に苛まれ、気が滅入ってしまった方々もいらっしゃることでしょう。私自身のそうしたショックに茫然としてしまった一人でした。

2001年に9.11が起こったとき、出張でワシントンDCに居合わせ、交通機関が止まってしまった中、レンタカーでDCからアーカンソー州のリトルロックまで運転し、やっとの思いでフェニックス行きの飛行機を見つけ帰宅したときのことを記事に書いた記憶があります。あれから10年目の2011年にまたこのような記事を書くことになろうとは想像もしていませんでした。当時と同様に、どこか「こんなこと本当に起こったのかしら」とまだ半分悪夢を見ているような気がします。

実際に地震・津波で家族や家を失い避難所で暮らしている人々の様子がテレビのニュースで流れます。「全てを失ってしまった」と言いながら、十分にはない救援物資や救援の手に「助かります、ありがとう」「命が助かってよかったです」とばかり言う人々を見て、驚き感動した人々も多いでしょう。怒りや非難はなく、感謝の言葉ばかりが聞こえ、僅かな救援物資を分かち助け合う人々の姿が印象に残ります。

ほとんど1週間、被害者ではない私たちもショック状態でした。しかし、時間の経過とともに、被災者たちも「必ず復興する」という決意を見せることが多くなり、ニュースの受け手でしかない人たちも行動を開始しました。滅入るばかりでは誰の助けにもならない、何かしなければという思いは、アリゾナでも多くの人々が共有するところとなりました。「アリゾナ友の会」は、1週間足らずの品集め準備期間しかなかったにもかかわらず3月19日土曜日に急遽ガレージセールを開催し会員からの寄付も含め、短期間に2500ドル以上の寄付金を集めることに成功しました。現在支援対象のグループを特定し息の長い支援をすべく情報を集めているところです。

アリゾナ州、特にフェニックス周辺の日系人、日本人、日本になんらかのゆかりのある人たち、さまざまな団体がそのような心を持ち寄り、日本支援の輪を立ち上げました。

個々の団体や個人で今回の地震や津波の犠牲者たちに救援の手を差し伸べるための連絡協議会のような緩い関係のこのグループは、早速www.AZJapanRelief.com(org)というホームページも立ち上げました。このホームページそのものは、寄付金を直接集めたりする機能は持ちませんが、今後さまざまな団体や個人が行う救援・支援のためのイベントその他、多様な活動についてまたは寄付先の団体などのランク付けや推薦などの情報源になります。

3月26日土曜日にはフェニックス市のJapanese Friendship Garden(RoHoEn at 1125 N 3rd Ave., Phoenix)で午前10時から7時まで日本の地震・津波救援活動のためのオープンハウスが開催され、ミュージッシャンなどの参加、折鶴講習会などの企画があり、午後6時からは犠牲者鎮魂のための灯篭流しと祈りの夕べとなります。このイベントは、今後長期的に継続させたい救援・支援活動の出発点として位置づけられています。

みなさまもどうぞ、いろいろなアイデアを持ち合ってご参加ください。当日はボランティアも必要とされています(602−256−3204)。