トラストの話

 


今回は、信託(トラスト)について少々怖いお話をしましょう。

通常、トラストは遺言などとともに自分の死後の遺産相続などについて生前に決めておくために利用されます。トラスト文書そのものとともに、財務上の権限を託すための委任状などを作成することが多く、一式整備しておけば「安心」と考えられるのです。

しかし、最近新聞記事などで読むとともに、身近で見聞きした例から考えると、トラストは万能ではなく、委託した本人がアルツハイマー病などにかかり、自分でトラスト内の資産管理や財務上の判断を下せなくなった場合に、大きな問題が生じる可能性があることを認識しておくべきでしょう。トラストの規定から委託者が亡くなった場合には、相続人やまたはトラストに代表される遺産の管理者(Trustee)/遺言の実施者(Executor)が全てを決める権限を有しているので、比較的問題がありません。もちろん、本人の死後にそうした権限を付与されなかった者(他の子どもなど)が信託の正統性が疑わしいとして訴訟を起こすこともありえないことではありませんが、信託書等がしっかり設定されていれば比較的問題が起こりにくくなりますし、訴訟が起きても勝訴できる可能性が高くなります。

問題が起こりえるのは、委託した本人がまだ生存中であるが、判断を下す能力を欠く(いわゆるIncapacitated(禁治産者))状況になった場合です。この場合、受託者(Trustee)や委任状により財務上の権限を受託された者が定められていても、その権限は絶対ではなく、当該禁治産者の親戚などが受託者は「不正をしている疑いがある」と申し出ることにより、裁判所が関わることになれば、受託者は独立した判断を独自の裁量でできなく場合があります。例えば、Aという禁治産者がいた場合、Bが受託者としてAの資産管理などを行っていたところ、Aの親戚のCが「Bは不正を働いている疑いがあるので、財産管理人(Conservator)や後見人(Guardian)を任命するように」と裁判所に訴え出れば、即時裁判所は、まず一時的ではあっても財産管理人兼後見人Dを任命します。信託財産は対象外であるという宣言を裁判所がしても、事実上、信託の受託人であるTrusteeは「不正をしていない」ということを証明する様々なステップをクリアしなければならなくなり、その過程は時間と労力を費やさなければならないものになります。普通の人間にとり、これは気が遠くなるような作業です。

一度裁判所に対する申し立て(Petition)が提出されると、財産管理人兼後見人Dばかりでなく、裁判所はA本人を代理する弁護士Eも任命します。もちろん、最初に「Bが不正を働いている可能性がある」という理由で申し立てをした者Cにも独自の弁護士がつきます。受託人Bも弁護士を雇用しないと訴訟手続きや裁判所とのやりとりができませんので、Bにも弁護士がつきます。Dも独自に弁護士を雇用します。つまり、裁判所を中心に、少なくとも4つの弁護士事務所が時間当たり200ドルから400ドルの料金を課して裁判所で延々と争うことになるのです。

これらの弁護士事務所の料金は、一体だれが払うのでしょうか?

回答は、禁治産者となったAさんです。新聞で読んだ例では、200万ドル以上の資産を有していたある禁治産者が上記のような訴訟に巻き込まれ、最終的にはMedicaidのお世話にならざるをえないほどの貧窮者になってしまった経緯が説明されていました。身近に経験したケースでも、禁治産者となったご本人の財産はおそらく15万ドルくらい弁護士費用に消えました。これは、このご本人が有していた財産のほとんど全てでした。その後のご本人の生活は、年金のみを頼ることになるでしょう。

このような例から、私たちは何を教訓として学ぶべきなのでしょうか?

禁治産者にならないようにする。特に子どもがいない者にとっては問題が起こりやすいが、子どもがいても、子どもたち同士が争うことになれば問題は起こり得ます。高齢化する現代社会、誰も自分が絶対にアルツハイマーやその他の認知症などにならないという保証はありません。もちろん、自分が判断能力を失ってしまった場合に資産管理などの権限を委託する信頼できる相手を事前にきちんと決めておくことは基本的な必要条件ですが、そのような準備をした上で、子どもたち同士、親戚間などで財産や本人のケアのコントロールをめぐって争いが起きないように事前に十分配慮しておくことが大切でしょう。できるだけ子どもたちまたはその他の相続人に対して公平な扱いをし、争いが起こらないようにすることが後の憂いを少なくする最善の策でしょう。