今日は、個人間の取引についてお話しましょう。お仕事の都合上または学生としてアリゾナに短期的に滞在している方々の間では、ビジネス上の取引でなくても日常的に個人と個人の間で物品を売買する機会も多いことでしょう。日本からアリゾナに到着した時に個人から自動車、その他の物品を購入したり、日本に帰国する際に自動車、家具、その他の物品を売って帰るということもあるでしょう。これまでにいろいろなご相談を受けた中で一般的に起こりがちな問題についていくつかの例を挙げながらお話しましょう。
Aさんは、帰国の際に在米中に使用していた自動車をBさんに売りました。Bさんが知り合いであったこととBさんが熱心に懇願したことから、数千ドルの価格のうち半分をその後の数ヶ月で支払うという条件で、Aさんは半分だけ代金を受け取って自動車を手渡しました。自動車を手渡す前に、売買契約書を作成し、支払いの条件と「as is(現状のまま)」(つまり、何も保証しない)という条件を明記し、両者が署名しました。その後、Aさんは帰国し、日本で契約書の条項のとおりBさんの支払いが銀行振り出しの送金為替で送られてくるのを待っていました。ところが、いつまで待っても小切手が届きません。電話やファックスで催促をしても全く返事もありません。
Bさんを信用して約束が破られることなど全く予期していなかったAさんは、とても信じられない思いで何度もBさんに連絡を取りました。6ヶ月ほどたった時には、AさんはBさんが最初から半分の支払い額を払わずに自動車を自分のものにしようと計画していたのではないか、つまり詐欺ではと疑うようになりました。日本から手紙、ファックス、電話で連絡しても、全く相手と話し合うことができませんでした。金額の多寡はともかく、「信頼していたのに騙すとは」という憤慨の気持ちからAさんはとても口惜しく思い、「なんとか相手に支払いをさせよう」と決心して日本からアリゾナの弁護士に連絡を取りました。
弁護士の方からBさんに連絡すると、Bさんは「小切手は送ったのに戻ってきてしまった」とか、「あの車は最初から問題が多すぎた。購入価格の半額は、修理代とタイヤ代でなくなってしまったので、もうこちらからAさんに支払う必要はない」と言い出しました。そして、「あの自動車は現在でもAさんが最初にローンを提供してもらった金融機関の所有になっていて自分の名義にはできない、つまりDepartment of Motor Vehicleの登録の名義をAさんから自分に変更できない。自分の名義にできない限り自分の所有にならないということだから、Aさんとの自動車売買の契約は無効だ。自分としては、自動車をAさんに返すから支払ったお金を返して欲しい」と言ってきました。
Bさんにこの自動車を売った時点では、Aさんはすでにローンも全額返済していたので名義は抵当権の設定記録なしに完全にAさんのものであるべきでした。しかし、Aさんの予想に反してローンを全額返済しても銀行の抵当権設定の記録は自動的に消えていませんでした。自動車の所有権を証明する書類には設定された金融機関の抵当権設定の記録がそのまま残っていました。 Aさんはこの事実を知らずに「ローンを返済したのだから、自動的に抵当権の設定も抹消した」と思い込んでいました。皆さんも自動車のローンやその他の比較的高価な物品をローンで購入し、その後ローンを完済したというような経験がおありのことと思います。その物品についてローンを提供してくれた金融機関や売り手の名義で抵当権を設定した場合には、ローン完済の時点で確かに抵当権が抹消されているか確認しましょう。ローンを提供した金融機関や売り手の側では必ずしもこの手続きをしてくれない場合があります。相手まかせにしておくとAさんの例のような面倒な状況になります。自分で抵当権を設定した相手に対して、「ローンを完済したのだから、確かに抵当権を抹消し、その証明を送付して欲しい」と要請し、抵当権が抹消されたという確認をしその証明書を入手いたしましょう。
「自分の名義に登録を変更できないので自動車をAさんに返して、これまでに支払った額を返して欲しい」というBさんの要求は正当なものでしょうか。売買と自動車の受け渡しの時点で契約書に両者が署名しているという事実、そして抵当権の記録抹消の問題が比較的事務的に簡単に処理できる問題であること(抵当権そのものは事実上はローン完済の時点で抹消されているけれども記録だけが残っていたという事情なので)、Bさんがこの自動車を既に6ヶ月以上も使用していること、そしてAさんが意図的に抵当権の設定記録の抹消を怠ったわけではないことから、おそらくBさんの主張は認められないでしょう。つまり、売買契約は成立しており、Bさんは自動車購入の未払い残額を支払う義務を負うことになるでしょう。抵当権の設定記録を抹消した後に、Bさんが改めて自動車を自分の名義に変更する手続きをすれば良いことになります。Bさんが、「支払わない、自動車をAさんに返す」などと主張する場合は、金額が数千ドルという比較的小額であることからSmall Claims Courtの判断を要請することになるでしょう。原告となるAさんは、Small Claims CourtにBさんに対して「自動車購入代金の残金」と「弁護士費用」の支払いを命じてくれるように要請できます。
この場合、Aさんがアリゾナにいれば自分で(弁護士なしで)手続きができますが、日本にいるので代理人の弁護士に手続きを依頼しました。通常でしたら、数千ドルのお金の支払いを求めてほとんどその額に匹敵するような弁護士費用を前払いして相手を訴えるということはしないでしょう。金額と弁護士費用と比較して、相手を訴える意味はないと思う場合が多いでしょう。しかし、Aさんは「このまま人の善意と信頼を裏切られて黙っていられない、おそらく私が日本人だから侮った、人種的な偏見もある」と憤って、弁護士費用を自分で負担する結果になってもよい、と決心してBさんを訴えることにしました。
予想としては、おそらく裁判所はBさんに対してAさんへの自動車購入代金の残金の支払いを命ずることになると思いますが、これはあくまでも希望的観測であり、裁判所の判決を正確に予想することなど誰にもできません。弁護士費用も、要求はできますが必ずし裁判所が弁護士費用も含めてBさんに支払いを命ずるか否かは不明です。
つまり、Aさんは弁護士費用を支払ってBさんを訴えるという手段を選んだことにより、金銭的に自動車の未払い残金ばかりでなく、その他にも大きなリスクを負うことになるのです。未払い残金の額より僅かに少ない額の弁護士費用は、最終的にAさんの負担となる危険があります。
皆さんが日本に帰国される際に自動車など、売る物品があれば、取引が成立した時点で銀行振り出しのCashierユs Checkか現金で一括払いをしてもらう方が安全でしょう。分割払いの契約をする場合は、相手が約束を守らなかった場合に支払いを奨励してくれる、または保証してくれるような手続きが必要でしょう。自分が日本に帰ってしまってからももし問題があれば代理になって請求してくれる人を頼んでおくこともでいますが、最も安全な方法は、遠く海を越えた日本に帰国する前に取引を支払いも含めて全て完了することだと思います。
まず、自動車などの登録証明書、譲渡証明書などの名義が確かに売り手であるあなたの名義になっているか否か確認します。(売り手の名義になっていないと、売り手から買い手への名義変更ができない)また、名義が自動車の受け渡しとほぼ同時に変更されないと、別の意味で危険なこともあります。自動車を相手に渡してしまった後で、買い手が事故や事件に巻き込まれた時には、名義上の所有者に責任が及ぶこともあります。例えば、名義が変更されずに売り手の名義のままその自動車が駐車違反や放置などの罰則の対象となった場合、名義上の所有者に罰金などを支払う義務が生じることもあります。裁判所に出向いて「違反をしたのは自分ではない」と主張することもできますが、第一面倒と時間の負担が大きくなり、日本に帰国した後であれば、裁判所に出向くこともできません。最悪の場合は、裁判所に出向くようにという命令が来たことも知らず、何も返事をせず、裁判所にも出頭しなかったために「欠席裁判」で有罪になってしまうこともあります。その自動車の運転者が人身事故などを起こした場合に名義上の所有者が賠償責任を問われることがないとも限りません。
Cさんは、自分が1ヶ月位日本に帰国する期間中Dさんに自分の愛車を託して行きました。週に数回「エンジンをかけ、調子が悪くならないようにしてください」と依頼して鍵を渡しました。その時Cさんは、「Dさん以外の誰にも僕の車を運転させないで」とはっきりとDさんに言いました。その条件に合意したDさんは、その後Cさんが日本に帰っている間にEさんにCさんの自動車を無断で貸してしまいました。Cさんが日本から米国に戻ってくると、自分の自動車がどこにも見当たりません。びっくりしてDさんに問いただすと、「Eさんが使っている。旅行に出ている」と言われました。そして「どこに行ったのか」と尋ねると、「ノースカロライナ」という返事でした。Cさんが許可した訳ではありませんが、EさんはCさんの自動車で米国内の長距離旅行をしていたのです。Eさんが事故を起こした場合にCさんに全く賠償の責任が及ばないという保証はどこにもありません。これはCさんとDさんとの間の商取引ではありませんが、このような状況でCさんが法律的なトラブルに巻き込まれないとも限りません。極端な例ですが、EさんがCさんの自動車に麻薬を積んでハイウェイを走っていてハイウェイパトロールに逮捕され自動車ごと没収などという結果に終わることもありえます。
アメリカは、日本よりも訴訟が多い社会ですし、いろいろな意味で社会的コントロールが行き届かない面も多いようですから、皆さんも個人間の商取引や約束などに関わる場合には十分注意をいたしましょう。