Voter ID Law(投票時ID提示法)


2012年は、大統領選挙の年です。4年毎にやってくる国政選挙最大の行事ですが、今回は最近話題になっている「Voter ID Law(投票時ID提示法)」について考えてみましょう。新たに投票者数を減らす効果をもたらすとされるVoter ID法の成立は、主として共和党が州議会で主導権を握る州で2000年の大統領選挙の後、そして特に2011年に多くの州で推進されました。同様の立法の動機・理由としては、しばしば選挙権の無い者たちが不正に投票することを予防するためという理由が挙げられますが、実際は、このような不正投票の件数は実際に見付かったり起訴、または有罪が確定したケースとしては極めて少数であることが分かっています。

Jonnathan Chaitの「2012 or Never」という記事(New York, 2012年2月26日)によると、4年毎の大統領選挙に際し、毎回少数民族(非白人)票は2パーセントづつ増大しているということで、このような有権者の間の白人系・非白人系の比率の変化により、かつては完全に共和党が多数派を占めたいわゆる赤い州であったコロラド州、ネバダ州、およびアリゾナ州が紫色(選挙結果がどちらにも転ぶ可能性がある)の州になりました。Chaitは2020年までに非白人系の有権者は、2008年には四分の一から三分の一に増加し、今から30年後、つまり2042年頃には非白人の有権者が多数派になると推定しています。10日ほど前のことでしょうか、米国で出生する子供たちの50パーセント以上が少数民族(非白人)の子供たちであるというニュースが発表されたことを憶えている方々も多いでしょう。これまでの政党支持の傾向としては少数民族系の人々は、一般に民主党支持者が多いという結果になっています。長期的な将来における政党支持率と各民族系グループとの関係は、当然変化もするでしょうし、どのような比率になるのか不明です。しかし、このような人口動態の変化と諸州におけるVoter ID法の推進とは深い関わりを持っているように思われます。

「Voting Law Changes in 2012(2012年における投票に関する法律の変化)」(Wendy R. Weiser and Lawrence Norden, Brennan Center for Justice at New York University School of Law, 2012)によると、複数の州において新たに成立したVoter ID 法(投票時のID提示義務化および有権者登録時における米国市民権IDまたは証明書提示義務化の両側面を持つ)の影響として、1.約500万人の有権者について実際に投票することが難しくなる、2.Voter ID法の成立により投票行動を制限する結果となる諸州は、2012年大統領選挙において勝敗を握ることになる270票のElectoral Votes(有権者を代表する代議員票)のうち3分の2以上(185票)を占めることになる、3. LA TimesとGallup世論調査の結果を踏まえて今回の大統領選挙で最大の激戦区(州)となると予想される12州において、同様の効果を有するVoter ID法が成立済みである、と解説しています(Executive Summary、同上)。

上記の分析によると、このような有権者の投票行動を制限するまたは単純に投票場に来た有権者が投票することを拒否したり、また有権者登録を妨げたりする効果を持つVoter ID 法は、今回の大統領選挙の結果を左右しかねない重要な要因となりました。また多くの州で義務化された投票時の写真入り政府発行身分証明書(ID)提示義務は、全米国市民の11パーセント(2100万人)といわれる、このような政府発行写真入り証明書を持たない人々(頻繁に引越しする学生、若者たち、低所得者、少数民族の人々、運転免許証を持たない高齢者や障害者、アメリカ・インディアン(Native Americans)、その他政府発行身分証明書を取得する前提としての出生証明書が無い人、取得できない人など)がこれまでの選挙で投票していた人もいなかった人も共に投票できないという結果をもたらす可能性があると述べています。

同報告書によると、新たに投票時に有権者に政府発行写真入りID提示を義務化する法律は、カンサス州、サウスカロライナ州、テネシー州、テキサス州、ウィスコンシン州で新たに成立しこれらの州に住む有権者数は2900万人、このような州発行写真入りIDを持たない者はその内320万人(11パーセント)と推定されています。アラバマ州、カンサス州、テネシー州では米国市民権を有する証明(出生証明書)提示が義務付けられることになり、342万人の有権者のうち24万人(7パーセント)が同様の証明書を持たないと推定されます。(同上)

私たちが暮らすアリゾナ州ではどうでしょうか?皆様ご存知のように、アリゾナ州はこのVoter ID 法制定の「先駆者」です。すでにアリゾナ州のVoter ID法(州民提案法案No.200として2004年に成立)は、有権者登録の際に米国市民権を有する証明を提示しなければならず、そして投票時には写真入り政府発行証明書(運転免許証など)またはそれに代わる証明書の提示を義務化されています。最近アリゾナ州のVoter ID 法については、第9巡回控訴裁判所が「アリゾナ州のVoter ID法は、投票時のVoter ID提示義務については合法であるが(Gonzalez v. Arizona 08-17115, US Court of Appeals for the 9th Circuit: San Francisco, 2012)、郵便による有権者登録に際して州が発行する米国市民権証明書の提示を義務化する有権者登録用紙を使用しなくても当該有権者本人の宣言のみでも有効とする連邦政府発行の有権者登録用紙を有効かつ使用可能」とする興味深い判決を出ました。これは、有権者登録に関しては、アリゾナ州法より、連邦法であるNational Voter Registration Act(全国有権者登録法)の規定が優先するという判決でした。つまり、有権者はより厳格な州のVoter ID法に則った有権者登録用紙を避け、連邦法に則った有権者登録用紙を使用して有権者登録を行うことができることになりました。(少なくとも、州が控訴して最高裁判所が反対の判決を出さない限りという条件付きですが)

Reuterの2012年4月5日付けの記事によると(Deborah Charles, Reuters.com 2012年4月5日付け記事)Center for American Progressの発表として黒人人口の約25パーセントが政府発行のIDを持たないと報告しています(一般人口では11%が政府発行IDを持たない)。サウスカロライナ州、テキサス州、テネシー州におけるVoter ID法はまた、大学など教育機関が発行するID(学生証など)を政府発行写真付きIDではないといういう理由で投票の際に正式なIDとして使用できないと規定しています。同記事は、またBrennan Center発表として大統領選挙の勝敗を握る270票の有権者代議員票(Electoral Votes)の70パーセントが、Voter ID法によりなんらかの投票制限または有権者登録制限を設けた州からの票になると解説しています。

2012年3月現在各州のVoter ID法による要求は下記のとおりとなっています。

1) 投票時に格な写真入ID提示を要求する州:ジョージア州、インディアナ州、カンサス州、ミシシッピ州、ペンシルバニア州、テネシー州、ウィスコンシン州、
2) 同上の厳格なID提示を要求するがまだ司法省から実施の同意を得ていない州:サウスカロライナ州、テキサス
3) 投票時に写真入りIDまたはその他のIDまたは書類の提出が要求される州:アラバマ州、フロリダ州、アイダホ州、ルイジアナ州、ミシガン州、サウスダコタ州
4) 投票時に写真入りIDでない各州が要求するその他のIDまたは書類の提示を要求される州:アラスカ州、アリゾナ州、アーカンサス州、コロラド州、コネチカット州、デラウェア州、ケンタッキー州、ミズーリ州、モンタナ州、ノースダコタ州、オハイオ州、オクラホマ州、ロードアイランド州、ユタ州、バージニア州、ワシントン州
5) 残りの19州では投票時にIDを提示することを要求されない。

連邦政府および裁判判決によるVoter ID法への反撃または差し止め命令・判決

連邦司法省は、2012年2月、有権者に投票時に政府発行ID提示を義務付けたテキサスのVoter ID法(2011年5月に成立した最も制限的な法律)についてヒスパニック系の有権者の投票権を害し1965 Voting Right Actに違反するとして同法の実施を禁止する判断を下しました。司法省の調査では、ヒスパニック系の有権者の11パーセントまたは30万人が運転免許証または州発行のIDを持たず、その他の有権者グループと比較するとIDを持たない割合が2倍にもなるとし、州当局はこれらの人々が投票できるように十分な措置を整備していないと結論しました。テキサス州の全郡の三分の一の郡内には運転免許証および州IDを発行するオフィスが存在しないことも判明し、有権者によっては「最寄のオフィス」が100マイル以上離れた場所にあるという場合もあること、多くの非白人少数民族の人々がこれらの郡に居住していることが調査の結果分かりました。新しい法律についての有権者への教育活動も不十分であると判断されました。テキサス州は、過去における人種差別の歴史から、1965年Voting Rights Actにより選挙関連法や選挙区の変更に司法省または裁判所の合意を必要とする9州の1つです。(Reuter 2012年4月5日付け記事)

州知事Rick Perryが2011年に「特急」と指定して州議会を通過させたテキサス州Voter ID法について、司法省は政府発行の運転免許証やIDを持たない人々が60−80万人存在すると推定しこのうち圧倒的な数が非白人(主としてヒスパニック系の人々)と報告し、同法の実施を禁止したのです。また同法は、大学など教育機関が発行する学生証明書を投票用の正式なIDとして認めないという条文を有したことでも、学生の投票権を奪うものであるとして批判されました。

2011年末には、サウスカロライナ州のVoter ID法について、連邦司法省が同法は黒人有権者を初めその他の少数民族有権者が投票することを困難にするという理由で1965年Voting Rights Actに違反するとして禁止しました。

このような司法省の判断と、アリゾナ州のVoter ID法についての第九控訴裁判所の「投票の際の政府発行ID提示義務は合法であるが、有権者登録の際の米国市民であることを示す政府発行のIDまたは証明書の提示については連邦有権者登録の手続きにおいて当該有権者の米国市民であるという宣言のみで十分としているので、州がそれ以上を求めることは違法である」という判断とは、相容れない点があるため、今後司法省と各州当局例えばアリゾナ州政府とが最高裁判所の判断を仰ぐという可能性が高くなりました。現在の、最高裁判所の判事たちの構成は保守派が多数派を占めておりどのような判断を下すかは簡単には予想できません。州の法律を優先させたいという意図があったとしても、明確に州法が連邦法に優先するという結論を出すことは困難でしょう。

2005年にインディアナ州で成立したVoter ID法は投票時にIDを提示することを義務化していますが、2008年に最高裁判所が同法を合法とする判断を下しています。サウスカロライナ州、アリゾナ州などそれぞれの州で独自に成立したVoter ID法のID提示義務化の詳細とインディアナ州Voter ID法の詳細を比較してみないと最高裁判所がサウスカロライナ州およびアリゾナ州のVoter ID法についてどのような判断を下すかという推察もできません。ちなみにサウスカロライナ州もアリゾナ州も、過去における人種差別の歴史から選挙関連の法律を変更するためには司法省の合意を必要とする「特別な9州」に属す州です。

2011年に成立したウィスコンシン州のVoter ID法も司法省により、2012年2月に実施を妨げられました。また2012年3月には、ウィスコンシン州裁判所がVoter ID法の実施を差し止める判決を出しました。(Guardian.co.uk, March 13, 2012)

Voter ID 法が有権者の投票行動に及ぼす影響の可能性
Harvard Law and Policy Reviewに掲載された「ID at the Polls: Assessing the Impact of Recent State Voter ID Laws on Voter Turnout(投票所におけるID:最近のVoter ID州法が投票行動に与える影響の推察)」(Shelley de Alth, Harvard Law and Policy Review, 2011)という論文は、諸州が立法化したVoter ID法が、有権者の実際の投票行動にどのような影響を与えるか2002年から2006年の期間を対象に三つのグループ:1)写真入りIDを要求するVoter ID法を有する州、2)写真は必要としないがIDを要求するVoter ID法を有する州、3)IDを要求しない州に分類して分析しました。その結果、1)のグループでは、有権者のうち実際に投票した者の数は1.6パーセント減少、2)のグループでは2.2パーセント減少が観察され、特に厳格な条件を課す1)のグループの中の数州では1.1パーセント減少が観察されました。写真入りIDを要求するVoter ID法が広く採用される前の2002年には、投票時にID提示をまったく要求されない州では有権者の40パーセント以上が実際に投票し、投票時に最小限のID提示を要求される州では有権者の35パーセント以上が実際に投票しました。しかし、2006年になると、前者の州では有権者中実際に投票した者の比率は42パーセントに増え、後者の州では有権者中実際に投票した者の比率は38パーセントに増えました。写真入りIDを要求するVoter ID法を有する州では、有権者中実際に投票した者の比率は37パーセントでした。Voter ID法でより厳格なID提示を求められるようになった州では高齢者が多く居住する郡においては実際の投票者は1.5パーセント増え、ヒスパニック、アジア系有権者が多く居住する郡においては実際に投票する者の比率が僅かに減少しました。

有権者の抵抗
National Association for Advancement of Colored People (NAACP)は、2012年3月、500万人の有権者。特に黒人およびヒスパニック系有権者が投票権を奪う可能性がある諸州によるVoter ID法について、国連人権委員会に「人種差別」として申し立て、同委員会による調査を依頼しました。(Guardian.co.uk, March 13, 2012)

Ruthelle Frankという84歳になるウィスコンシン州の女性は、有権者登録をしていましたが今回のVoter ID法の成立の結果、「適正な写真入りID」も無く、出生証明書も自宅で生まれたために存在しないという理由で米国市民である事実を証明できず、料金を払えば州から出生の証明を発行してもらえることが判明したものの、当該記録では結婚前の旧姓のスペルが間違っていたということが分かり、これも使用できないことが判明し結局、DMVからIDを発行してもらえないことになり、投票できなくなりました。Ruthelleさんは1948年来毎回の選挙で必ず投票してきたという歴史があるにも関わらず、突然有権者ではなくなってしまったのです。American Civil Liberties Union (ACLU)が代理人となり、Ruthelleさんは他の数人と共に、Voter ID法は有権者から投票権を奪うものであり、州憲法違反であるという理由で州知事を相手取って訴訟を起こしました。

今後の予想
最新の情報としては、5月22日付けでミシシッピ州とバージニア州の知事がVoter ID法に署名しより厳格な法律が成立しました。しかし、両州ともに1965年Voting Rights Actによる司法省の合意を得ない限り新たに成立した法律を実施することはできません。

有権者、特に非白人の少数民族の有権者の投票権を阻害する影響があると言われるVoter ID法ですが、諸州におけるその立法化の動きも、司法省による同様の法の実施禁止措置の動きも、裁判所による司法判断の動きもすべて流動的であるため(複数の裁判が進行中)、11月の大統領選挙の時点でこれらの法律の効果が実際にどうなっているか明確に予想するのは難しいでしょう。6月から11月の選挙の直前までの期間に最高裁判所がこれらの法律に関して決定的な判断を下すことは時間的に困難であるとも予想されますが、政治的にモチベーションがある時には選挙に関して「超例外的判断」をBush対Goreのケースで示した歴史もあるところから、どのような動きをするか予想はできないとも言えます。今後も各州、司法省、裁判所の動きを見守って行きたいものです。