投票権差別


連邦最高裁判所は、6月25日にShelby County v. Holderケースにおいて Voting Rights Act (VRA:1965) のセクション4を憲法違反する判決を5人の保守的な判事たちの合意で出しました。セクション4は、VRA成立直前の1964年当時と1975年改定の諸地域の選挙法と有権者登録統計(各人種間の人口統計と有権者登録数と実際の投票者数の比較データなど)に則り、米国のどの地域を同法セクション5の下で投票に関わる法制度を変更する場合に司法省または裁判官パネルからの事前承認を必要とするか特定する方式として定められました。当初から、9つの州(アラバマ、アラスカ、アリゾナ、ジョージア、ミシシッピ、サウスカロライナ、テキサス、バージニア)と別のいくつかの州の諸郡(57郡)(ニューヨーク州ブルックリン、マンハッタン、ブロンクス、カリフォルニア州、フロリダ州、ノースカロライナ州、サウスダコタ州、ミシガン州などの諸郡)?の市において法改正のための司法省または裁判官のパネルによる事前承認を規定するセクション5を実施する枠組みでした。今回違憲とされたのはこの枠組みが40年ほど以前のものを踏襲したままであるという点でした。

ロバーツ最高裁裁判長は、連邦政府は投票権に差別が存在するとされる州において監督権を行使することができるが、そのためには現在のデータに基づいて行う必要がある、現在の制度は40年ほど前のデータを使っており違憲である、と主張しました。このような議論の基礎となった事実には、2012年の大統領選挙において黒人有権者に占める実際に投票した者の割合が白人有権者のうち実際に投票した者より高い比率であったという事実が含まれるかもしれません。実際、ロバーツ裁判長は、ミシシッピ州の2004年選挙の際の有権者登録数を見ると黒人の登録率と白人の登録率がほとんど同率であるという事実を挙げています。

2010年から今日に至るまでの期間に、セクション5の規定により特別に事前了承を得る必要があった9つの州のうち6つの州(全て南部の州)において投票権を制限するような法律が成立し、実際に司法省が事前チェックの結果実施を差し止めた例も数例ありました。ニューヨーク大学ブレナン・センター・フォー・ジャスティスの調べによると、1982年から2006年までの間に選挙投票に関する法改正(改悪?)は、VRAにより1000回以上法律として成立する前に差し止められたということです。昨年の実例としては、VRAにより、テキサス州の投票者ID法とフロリダ州の投票日前投票期間の縮小が差し止めとなりました。

1965年にセクション4の規定が創設された当時は、その時点で特定の南部の諸州で黒人、貧困層の白人が極端な有権者登録および投票行動に関する制限を加えられていたという特殊な状況の下で特別限定法規として、5年間という特定期間限定の規定として創設されました。その後このセクションはVRAそのものが1970年、75年(8年間延長)、82年(25年間延長)と継続延長され続け、最終的には2006年に議会は(上・下院ともに賛成大多数)で2031年まで延長されたことに伴って同様に延長されていました。

今回の最高裁の判決後には、セクション2の規定の下で訴訟を起こすという選択肢は、司法省にも個人にも残されていますが、訴訟を起こす個人の負担は大きく、また訴訟にかかる時間を考えると、司法省が訴訟を起こす場合にも、多くの場合これまでと異なり、事前に差別的かチェックするのではなく、差別的であると考えられる法律が成立・実施された後に具体的な差別例を見つけて訴訟を起こすということになるので、結論が出る前に選挙は終了してしまっているという状況が起こるでしょう。司法省による事前チェック、つまり司法省の承認がない限り法を成立させても実施できないというこれまでの状況が大きく変わることになります。すでに多くの州の当局者は、今後は司法省の事前チェックなしに自由に選挙投票や選挙区の境界線の引き直しができるという解釈をしています。

この点について、ギンズバーグ最高裁判事は、少数反対意見としてこのような訴訟という手段はこれまでの経験から特定の有権者が投票できにくくするための法律を考え奨励し成立させようとする政治家たちの努力を止めるためにはあまり効果はない、と述べています。また、2006年に圧倒多数(下院は390対33、上院は98対0)で議会を通過したVRAの延長、特にセクション4と5を継続し、これまでVRAが貢献して得た効果(差別解消への動き)を今後も継続すべきである、と述べています。また「これまで機能してきた事前チェック・承認のシステムを廃止することは、雨が降っている最中にそれまで濡れていなかったのでという理由で傘を投げ捨ててしまうようなことだ」と批判しています。「7年前に議会が再承認したのにこれを最高裁判所が無視することは正当化できない」とも言っています。

米国憲法は、修正第15条において「米国市民の投票権は、米国政府または州政府により人種、肌の色、過去における地位によって否定されたり、省略(権利縮小)されたりしてはならない」と規定しています。この過去の地位というのは、奴隷であったか否かなどという過去におけるステータスを意味します。また同修正第15条は、明確に「議会は同条を適正な立法により実施する権限を有する」と述べています。

セクション5の規定にある司法省または裁判官のパネルによる事前チェックのシステム自体が違憲とされたわけではありませんが、実質的にセクション5の規定を実施するための基礎であるセクション4 の枠組みが「現状では違憲」とされたので、セクション5の規定は事実上実施が不可能になったというのが実情です。

今回の判決は、セクション4が違憲状態(40年間変化がなかったかのように、40年前の統計データを使った分類に則ってそのまま諸郡を分類しているという点)と判断し、このような違憲状態を解消するのは議会の役割であると述べています。しかし、現状としては、議会でこのような分類の枠組みを変更するというような議論がまとまる状況ではなく、結局、セクション5の事前チェックが事実上なくなるという状況が今後、しばらくは続く。。。つまり極めて歴然と黒人、ヒスパニック、ネイティブ(アメリカインディアン)、アジア系、高齢者、貧困層、学生などの(主として民主党支持者と考えられている)投票率を低めることを目的としているような法律でも、州法として成立してしまえば、そのまま実施されてしまう状況が長期的に作られたことになります。市民権運動に携わる人々が今回の最高裁の判決に強く反対して批判しているのは、ロバーツ裁判長が発言する「データが古い」という論理ではなく、今後見られるようになることが明らかなこの判決の事実上の結果です。40年前の統計データを基礎にした郡の分類メカニズムには市民権運動に携わる人々の側からも以前から批判が出ていました。その面では、今回の最高裁の判決は論理としては批判が難しいが、結果を考えればやはり間違った判決、VRAが成立した時点での同法の目的から大きく外れる「差別を受容するまたは奨励する」結果を生む判決であるという批判が多く見られました。

黒人、ヒスパニック、その他の少数民族、高齢者、貧困者、学生などの投票権を妨害する可能性がある法的手段とは、(しばしば写真付きの政府・地方自治体発行の)投票者ID法、投票日全投票日数や時間削減、選挙区割り変更などです。

ノースカロライナ州では、早速、7月25日付けでより投票がしにくくなる結果をもたらす州法が成立しました。新法の具体的内容としては、投票日前投票期間が1週間短縮されることになり、これまで可能だった投票日当日の有権者登録は廃止になり、投票日直前の土曜日の投票時間もこれまでより短縮されて午後1時までとなり、投票日当日も長い待ち行列があっても時間延長不可となり、約16年間制度として存在した州政府が支援する有権者登録を廃止し、投票場内部で有権者の投票権に挑戦して調査をする人員を増加させる、および有権者リストを調べて「問題有権者」をリストから強制的に排除するという「調査」の頻度を増すなどです。

元市民権運動の活動家であり、現在はジョージア州の下院議員を務めるジョン・ルイス氏は、今回の最高裁の判決を評し、「本日、最高裁判所は1965年投票権法(VRA: Voting Right Act of 1965)の心臓にナイフを突き刺した」述べました。

ちなみに米国には50の州があり、郡(カウンティ)の数は3000余り、選挙投票区は約13000あります。日本のように全国統一的な投票基準で投票所を設け有権者登録は住民票に基いて自動的に行われるという制度とは異なり、有権者登録、投票所で必要な身分証明、事前投票、不在者投票など各州、各郡で大きく異なる米国のことです。事態は大変複雑です。2008年のフロリダでの大統領選挙がもめた際にテレビの画面で投票用紙をライトに照らして穴が開いているかどうか肉眼でチェックしていた選挙管理員たちの姿を記憶していらっしゃる方も多いことでしょう。場所によっては、紙の投票用紙(書き込みまたは穴を開ける)、スキャン機を使って紙の投票用紙をスキャンする、投票自体が画面でボタンを押すだけなので紙の記録が一切残らない形式などなど、千差万別です。郡、選挙区ごとの経済状況によって投票様式が古代の遺物のようなものから、先端的過ぎてコンピュータの内部に記録が残るのみ(または通信で中央集中的に管理されるところにのみ記録が残る)であり、後で票の数え直しが命じられると、本来の意味での数え直しは不可能(紙の投票用紙が存在しないので、証拠がない)というような場合まであります。統一的な方法に慣れている日本人にとっては何とも理解しがたい制度と言わざるをえないでしょう。

今回の判決の直後、テキサス州の司法長官グレッグ・アボットは「これで、差し止めとなっていたテキサス州の投票者ID法も選挙区割り改正法も連邦政府の承認を必要とせず、すぐに実施できることになった」と宣言し、実際に差し止めとなっていたID法も選挙区割り改正法もペリー知事が署名して実施の運びとなりました。この法はすでに有権者登録済みであるが政府発行IDを有さない80万人の投票権を奪うことになるだろうと予測されています。いわゆるGerrymandering(選挙区を特定の政党に有利になるよう、または少数派が票を集めて一定の票力をしめし自らの政治的主張を議会に反映できにくくする選挙区割り)と批判される選挙区の境界線引き直しも有効に実施されることになるわけですが、テキサス州のみでなく多くの共和党が多数派を占める諸州の議会においてこのような立法がますます盛んに行われている今日、今回の最高裁の判決は、現状無視の差別増強的な判決であったという批判も続出しています。

アリゾナでは?

一連のこの選挙投票に関する制限的法律の流れの中で、「名誉」にも監視される9州の一つに数えられているここアリゾナ州でも注目されるべき法律が成立しました。HB2305というのがその法律ですが、1)事前に永久的に郵便による不在投票形式を選択していた有権者に対し2回の総選挙において投票しなかった場合に有権者登録から削除されないためには再度郵便による投票を望むと意思表示しなければならない、2)州民投票による法案、リコール選挙がより難しくなるまたはほとんど不可能となるような制限を加える、3)ボランティアが郵便による不在投票封筒を有権者から預かり投票所に持参することを違法行為と規定する、4)民主党、共和党以外の第三党からの候補者が選挙に出にくくする、などという新規定を導入し、すでに知事が署名して発効しています。この法の効果は、一般的にヒスパニックの投票者の投票呼びかけ運動などに水を差し、投票率を低めようという意図があるとされています。これに対してこの法律そのものを否定する州民投票を実施しようという運動も起こっているようです