今回は、結婚前、結婚中の夫婦間の契約についてお話しましょう。日本ではあまり馴染みのない契約かもしれませんが、米国ではしばしば見られる契約です。どのような場合に、夫婦間で結婚前・結婚後の契約を結ぶことになるのでしょうか。独身の期間にそれぞれ相当な財産を蓄積し、結婚する時にはすでにいわゆる別財産(Separate Property)を有している場合、夫婦のうちどちらかまたは両方が再婚であり、相互に財産を寄せ合って結婚したり双方にそれぞれ子供がいる場合、夫婦のうちどちらか、または両方が莫大な財産をもつ場合などに、しばしば結婚前の契約(Antenuptial AgreementまたはPremarital Agreement)が結ばれます。結婚が再婚である場合、夫婦の片方または両方の側に複雑な家族関係が存在することが多く、夫婦間だけでは完結しない財産関係になります。例えば、不幸にしてある再婚同士の夫婦の片方が亡くなった場合、またはその結婚が離婚に終わった場合など、家族メンバー間で時によっては複雑な財産関係、遺産相続などを解決しなければならなくなります。双方が再婚同士で未成年の子供たちがそれぞれにいる場合など、どちらか一方が亡くなった場合にどのように財産分与を行うのか、亡くなった配偶者の未成年の子供の後見人を誰にするのか(必ずしも残った配偶者ではないこともあるでしょう)などいろいろ決めておかなければならない場合も多いでしょう。
 米国の場合には、離婚率も再婚率も日本よりはるかに高いという事情により、上記のような複雑な性格を持つ「複合家族」の数も多くなっています。このような場合には、結婚前、結婚中に配偶者同士が契約を結び、どちらかが死亡した場合、または離婚に至った場合にはどのように財産や法的権利関係を処理するのか決めておかないと面倒な結果になることが予想されるのです。
年齢が若い者同士の結婚であれば、二人で始める新たな結婚生活が「ゼロからの出発」つまり、財産も現金もない状態から始まることもあります。その場合には、上記のような結婚前契約(Antenuptial Agreement)の必要はあまりないでしょう。しかし、新しい結婚において配偶者となる者の一方または両方が、一定の年齢に達していればそれなりの財産や現金を独身者としての生活の中で保持している場合も多いでしょう。そのような者同士の結婚であれば、両者の全ての財産を共有化してコミュニティ・プロパティ(結婚中の共有財産)として実質上また法律上規定することもあるでしょう(アリゾナ州では、特になにも指定しなくても、結婚期間中に夫婦で蓄積した財産は共有財産とみなされます)。しかし、独身生活が長くそれぞれが不動産や現金、証券などを独自に保有している場合は、それらをそれぞれの独自の別財産(Separate Property)として残しておきたいと思うこともあるでしょう。時により、「私の給料は私のもの、あなたの給料はあなたのもの」と別会計(別財産制)を採用する家庭もあるでしょう。この場合も、契約書を作成することにより、相互の約束を公的な契約にすることができます。
また「もしもの時」の準備のために、自分だけの財産としての性格付けをする場合もあるでしょう。再婚前に以前の結婚による子供がありその子供を連れての再婚である場合、「もしもの時(離婚または一方の配偶者である親の死亡など)」に役立てることができるように再婚前から所有していた資産を別財産として維持しておくということは賢明な選択である場合もあるでしょう。再婚同士であり、いわゆる「なさぬ仲」である継父(ステップ・ファーザー)または継母(ステップ・マザー)と子供との折り合いが悪く、親が死亡した場合に継父または継母に後見人になってもらうことができない場合もあるでしょう。その場合には、特に事前に「別財産」を確保・維持しておいて、別の後見人を立てその子供が成人するまで守る必要があることもあるでしょう。
夫が再婚であり、妻は初婚、妻が若く夫が相当に高齢化しており、夫の方には成人した子供たちがいるという例もあるでしょう。このような場合、統計的にみて高齢な夫が先に亡くなり、若い妻が後に残されるという予想ができます。権利関係が複雑になりますが、賢明な準備として結婚前または結婚後に夫が先に死亡した場合を想定して相続、財産分けの具体的な取り決めをしておくことにより、残された家族全てに不満、不便が残らないようにしておくことも賢明な選択でしょう。夫が亡くなった後に後妻と夫の子供たちの間で遺産争いが起こるということでは困ります。通常なら、Joint Tenancy with Survivorshipと指定してあれば一方の配偶者が亡くなった時点で残された配偶者がその財産の全ての所有権を自動的に取得することになるので、未亡人はこれまでとおりに自宅に住み続けることができます。しかし、Joint Tenancy with Survivorshipと特定していない場合、または遺言やトラスト(信託)などで別の取り決めがないと、死亡した配偶者に以前の結婚による子供が『遺留分』を取得する権利が生じる場合もあります。この場合、夫の子供たちと残された妻との間が円満であり前者が後者の不便は望まず、自らの権利を強硬に主張しない場合には問題がありませんが、両者の折り合いが悪かったり、前者が生活に困窮しており相続分を妻に現金で払うよう要求する場合もあるでしょう。妻の側に十分な資金があり、家の価値(その時点での評価による)に対する彼らの持分に相当する額を楽に支払えるほど現金に余裕がある場合は良いのですが、夫が亡くなった直後で財産の整理、プロベートなどの最中であり、現金に余裕がない場合もあるでしょう。争いの結果、自分が住んでいる家を売却しないと現金を支払うことができないこともあるでしょう。このようなリスクを回避するためには、結婚前、結婚後に契約を作成し、妻がそのまま自宅に住み続けることができるようにすることが賢明な解決策といえるでしょう。もちろん、これらの問題全てを含めてリビング・トラスト(信託)で明細に規定しておくという方法もあります。
 それでは信託を設定しおけば全てが解決するかといいますと、そう簡単ではありません。信託は、夫婦が円満に結婚生活を継続し、一方の配偶者が亡くなり、その後もう一方の配偶者が亡くなり、子供たちの代になるまでの家族の構成の変遷をめぐり、財産関係を相続、贈与、次の代(つまり子供たち)の信託の設定も含めて明細に規定しておく方法です。信託は、夫婦の結婚が破綻する場合、つまり離婚という事態が起こった場合のことは想定していないのです。様々な将来の可能性に対して完璧に(近く)準備をするためには、「離婚に至った場合」、「配偶者の一方が亡くなった場合」、「両方の配偶者が同時に亡くなった場合」など様々な場合を想定して結婚前の契約(Antenuptial Agreement)、結婚後の契約を結び、信託も設定しておくというのが賢明な策といえるでしょう。「いやはや大変なこと」というのが、この記事を書いている私の感想であり、みなさまも「そこまでやるの!」と思われるかもしれませんが、自分の置かれている状況次第では、これらを準備し後に残される者たちに「争いの元」、「混乱の元」、「頭痛の種」を残さず、彼らの権利をできるだけ公正、かつ公平に保護しなければならないこともあるでしょう。
書面による契約の必要性
時によっては、「この家の頭金は私が払ったので私の別財産」、「このCDは私の別財産」などと、口頭で配偶者と約束したなどという場合もありますが、端的に言って口約束の法的効果は疑うべきものであり、約束を確実に実施したいという意図があり、その約束を法廷で争った場合にも有効とみなしてほしいという希望がある場合は、是非書面で契約書を作成することをお勧めします。アリゾナ州の法律では、契約内容が一年以上続くような事項に関する「約束」、「契約」は書面によるものでない限り有効ではありません(Statute of Fraud)。上記のような結婚期間中、または離婚時についての契約は、結婚期間中、一方の配偶者の死亡までの期間、離婚(起こるかどうか不明)という事態に至るまでという「不特定な年数」にわたる期間を対象にする契約になりますので、当然、一年以上続く可能性のある期間を対象にしています。また結婚前の契約(Antenuptial Agreement)は文書によるものでなければならず、契約の両当事者が署名し、かつ両当事者は相手側に対しそれぞれの資産・財政状況、相手の経済的な義務などについて十分な開示を行わなければならないと法律で規定されています。また、契約の締結自体が両者の完全な自由意志によるものでなければならない、つまり脅しの下で実施されてはならないと規定されています。契約の内容についても、法律的に極端に不公正(Unconscionable)であってはならず、妥当なものでなければならないとされており、最終的に内容が妥当かという判断は、裁判所が下すことになっています。これらの条件が満たされない限り、契約は無効になりますし、極端に一方の配偶者に不利な条件の契約であれば、裁判所が後に「無効」と判断する場合もあります。
具体的な契約の内容
  具体的には、どのような項目を結婚前または結婚後の契約に盛り込むのでしょうか。
1. 結婚後に購入する財産に関する所有権と義務関係
2. 財産を購入、リース、質入、担保設定、管理する方法
3. 別居、離婚、一方の配偶者の死亡などが起こった場合の財産の処理、配分
4. 配偶者への支払い(離婚の場合など)の変更
5. 遺言、信託、その他の設定に関する取り決め
6. 生命保険金の支払い/受け取りに関する取り決め
7. 未成年の子供の後見人(親が死亡した場合)
8. 当該契約の準拠法
9. その他状況に応じて必要な項目
などです。一度作成した契約書を変更する場合には、変更契約書を再作成し両配偶者が署名する必要があります。
 朝晩は少し涼しくなりました。皆様残暑に負けずお元気でお過ごしください。