米国市民の「強制退去」



米国市民でも強制退去の対象になる?

今回は、米国市民の「強制退去」についてお話しましょう。このトピックは、論理的にはナンセンスなトピックですが、驚くことに米国市民が移民局の手により移民刑務所に収監されたり、米国外へ強制退去されるという例が相当数あるということが報道されています。

米国市民の権利

米国市民は米国に居住する権利があり、国外への強制退去の対象にはならないというのが一般的な理解です。しかし、現実には米国市民が国外へ強制退去されてしまった例が存在します。しかも、このような例は、最近始まったことではなく、1930年代にも数十万の単位のメキシコ系米国市民、永住許可者や合法的に米国に滞在するVISAを持っていた人たちが強制的・半強制的に米国外に退去させられました。一説には四十万人以上のメキシコ系米国市民および合法的な滞在者たちがメキシコに国外退去させられたということです(USA Today: 2006年4月5日記事”US urged to apologize for 1930s deportations”)。同記事によると、大恐慌の最中であった当時のロサンゼルス市当局や商工会議所などは、白人優先雇用政策を擁護し、積極的にメキシコ系移民を市民権・合法的在留許可の有無にかかわらずメキシコに退去させようとしたということです。1929年に始まった大恐慌以来の不況とも言われる最近の経済情勢の中で、私たちが住むアリゾナ州、特にフェニックス周辺からもメキシコ系またはヒスパニック系と呼ばれるスペイン語を母国語とする人たちの姿が少なくなっています。歴史は繰り返すようです。よくテレビ、新聞などに登場し名前が知られたマリコパ郡シェリフ、ジョー・アルパイオ氏が積極的にいわゆる「違法移民狩り」を頻繁に行って違法移民を取り締まっていることは全国的にも注目されています。最近は、これまでは移民法上の取り締まりには手を染めなかったいくつかの市の警察も交通取締りや路上の職務質問などで「怪しい」と思われる人物を見つけたら移民当局に通報する義務を課せられて、積極的に「違法移民狩り」に参加するようになりました。いわゆる「人種(外観)による振り分け(Racial Profiling)」も本来は違法であるはずですが、「違法移民狩り」の目安として肌の色による振り分けが堂々と行われているようです。つまり、ヒスパニック系と見られる人々は、常に交通尋問や職務質問に晒される可能性が高いのが現状です。この際に問題になるのは、法的には永住許可(グリーンカード)所持者は常にグリーンカード携帯を義務化されているのですが、それを実行している者はほとんどいないというのが現状でしょう。また米国市民であれば、さらにパスポートや出生証明書、帰化証明書またはそれらのコピーを常に携帯している人はほとんど皆無でしょう。ヒスパニック系と見られがちな人々にとって、そのような現状は極めて危険と言えるでしょう。職務質問され、VISAや市民権を証明する手段を携帯せず、有無をいわさず拘置所へ直行などというケースもあるようです。一度拘置所や移民刑務所などに収監されると、通常許可されるはずの電話の使用なども必ずしも保証されず、弁護士を雇用する権利も保証されず、家族に電話をかける暇もなく、自分が通常生活している地域から遠距離の移民刑務所に収監され、市民であること、合法的に在留していることを証明できずにそのままメキシコに強制退去になってしまったというような例も数々あるようです。

アリゾナ州フローレンス市にあるFlorence Immigrant and Refugee Rights Projectというボランティア移民権利擁護団体によると、毎月平均して40−50人の米国市民である可能性がある移民刑務所収監者たちを弁護し、2007年には73人のグリーンカード所持者(永住者)で刑法上の問題は抱えていたものの本来は強制退去の対象にならないでもよかったはずが強制退去の直前まできていた収監者たちを救援したということです(GJornal:2008年3月14日のLurdes C da Silvaによる記事)。アリゾナの一つのボランティア救援団体だけで、これだけの米国市民やグリーンカード所持者の弁護をしているということを考えると、米国全体で移民当局に逮捕・収監され、国外強制退去となってしまった米国市民や合法的滞在者たちが多数いるであろうということは容易に想像できます。

特に問題となるケースとしては、知的障害者や精神病者などの米国市民や合法的在留者(グリーンカード所持者などを含む)が強制退去になり、メキシコへ国外退去させられ、行方不明になったり、米国に戻る術を知らず、そのままメキシコで治療や保護も受けず、困難に直面するというような場合です。移民当局の尋問に対して、「自分は違法滞在者だ」と言ったり、フランス語やロシア語を全く話せないにもかかわらず「フランス生まれのフランス人」とか「ロシア船から脱出して米国に違法上陸した」などと主張するケースも報告されていますが、両者とも、自分が米国市民であるという意識がなく、虚偽の供述を続けた(本人の意識では真実)ということです。常識、判断力に欠ける移民局担当者や警察の調査官などが本人の供述をまともに信じてしまったことによる重大な誤りから、国外退去になるまたはその直前まで行くという例でした。

違法移民または「違法移民」と見なされメキシコなどに強制退去となる両親に従ってメキシコに「自主的」に退去する(実質的には親が米国から追い出されるため、里子に出されて米国に残るかまたは実の親についてメキシコに「行く(帰国ではない)」か二つの選択肢しかない、米国生まれの米国市民である子供たちの運命も大きな問題です。彼らは、親が強制退去となるために、米国市民であるにもかかわらず、市民としての権利を蹂躙されて、見たことも暮らしたこともない、また言葉も理解できない外国であるメキシコに行くことを強制されることになります。彼らの米国市民として自国で暮らし、教育を受ける権利は無視されています。

帰化により米国市民権を得た者の市民権剥奪と強制退去

Intelligence Reform and Terrorism Prevention Act of 2004(「2004年諜報改革およびテロリズム予防法」)の立法により、帰化により米国市民となった者も、政府当局が市民になってから、または市民になる前の時点で同法が定義する犯罪(殺人・拷問、人権蹂躙など)を犯したと判断する場合は、米国市民権をはく奪の上国外強制退去させることができるようになりました。つまり、上記のように出生により米国市民である者でも肌の色がヒスパニック系に見える色をしていれば市民であることを無視して強制退去させられる可能性があり、犯したとされる犯罪の種類によっては、米国市民となった後でも、市民権の有無に関係なく強制退去の対象になりえるというのが現状となったようです。

本来なら、強制退去の対象とならないはずの米国市民、そして特別な罪状で有罪になったときのみ強制退去の対象となるはずの永住許可者たち、いずれにしても米国憲法が規定するDue Processの保護を受けるはずの者たちが、簡単に国外に強制退去されてしまう結果を生みだしている現在の移民法の運用としての国外強制退去の手続きには、明らかに問題があると言えるでしょう。

米国国籍法・移民法の複雑さ、その実際的な運用の粗雑ともいえる実態を考えると気が遠くなりそうになるのは私ばかりではないでしょう。このような法の粗雑な運用が改められるまで、または移民法の改正が行われるまでは、冗談ではなく、日焼けしてヒスパニック系に見えるかもしれないと思う方々は、お出かけの際は運転免許証ばかりでなく、グリーンカードやパスポートなども携帯した方が良いかもしれません。警官に職務質問され、気がついたら、メキシコに国外退去されていたなどというケースは絶対に避けたいものです。