2006年5月
先月号では、インターネット上でのプライバシーの問題を考察しましたが、今回も引き続いて現在話題になっているインターネット関連の問題を考えてみました。
皆様もここ数年、一段とインターネットの利用が生活上、学業上、仕事上不可欠になってきている状況に慣れてきていることと思います。会合に出かける際にはYahoo MapやMap Questで行く先の地図や道案内を印字してから出かける方も多いでしょう。また、世界中コンピュータ同志であれば無料、コンピュータから地上電話や携帯電話への通話でも通常の電話会社を介する場合よりはるかに安価で、時により(特に通信回線が未発達の発展途上国向けの場合)音質もより良いSkypeインターネット電話サービスを利用したり、仕事上・学業上インターネットを検索道具として駆使していらっしゃる方々もあるでしょう。図書館に出かけることもなく、ほとんどの情報を自宅、学校、職場のコンピュータ上で検索できるということは、図書館やその他、紙の資料を使用する場合と比較して遥かに時間の節約にもなりますし、一つの調査事項について、情報の検索を網羅したという安心感も得られます。eBayサービス、その他オンライン・ショッピングを楽しんでいらっしゃる方々もあるでしょう。
仕事上、電子メールなしで機能できる人たちがあるでしょうか?万人がインターネット無しには生活できないような現在の状況で、電子メール1通に付きxxセントというような課金制度が採用されたらどうなるでしょうか。郵便に頼ることが少なくなり切手代が節約になると思っていたのに、電子メールに課金されては経済的負担も増します。ジャンク・メールを送りつけてくる会社も会員に通信を定期的に電子メールで送付する団体も全て同じように課金される可能性もあります。
現在のような自由な利用は、インターネットがプロバイダーに比較的安価な料金を支払うことにより、誰にでも平等に(自ら用意するコンピュータ機器の性能が同じである場合)利用可能である状況を前提にしています。この前提が崩れたら、現在のような容易なインターネット利用は不可能になるでしょう。例えば、自分のコンピュータを使用してアクセスするウェブサイト(ホームページ)毎に高額な料金が課金されたとしたら、研究者はおろか一般の利用者も幅広く検索することができなくなります。世界中で同一のテーマについてどのような研究が行われているか、現在なら検索のための用語を入力すれば、一瞬にして数百、数千の関連情報を机上で入手できます。
しかし、ウェブサイトを提示している会社やインターネットサービスを提供しているプロバイダーが電話会社・ケーブル会社に支払う額に応じて、利用者がアクセスしようとする際にアクセス速度が「特急」、「急行」、「準急」、「各駅停車」などにレベル分けされをたり、ウェブサイトによっては毎週月曜日、水曜日、金曜日のみしかアクセスできない、などという区別がなされたり、または地域や国別に特定のウェブサイトへのアクセスを禁止されたり(中国の例)した場合、現在のように容易に様々な情報を入手できなくなるでしょう。
また、電話会社への料金を支払うことについては、事業から大きな利益を挙げている企業と収入が限定されている個人との間には支払い能力の点で大きな差があります。「資金力豊富な企業、団体、政府機関」、「金持ちの個人」のみが容易にインターネットを利用でき、資金力がない一般市民はインターネットの利用範囲を大きく狭められる、またはアクセスや情報のダウンロードに数倍の時間が必要となるという結果をもたらすことも考えられます。極端な例では、子供が学校の宿題のために行うインターネット検索も有料化されるなどという可能性もあります。 通信会社の動き このような状況は夢でもなく、現在電話、ケーブル会社(AT&T、VERIZON、BellSouth、Comcastなど)は、インターネットという新しい資金源からさらに利益を搾り取るために必要な立法措置を奨励し、FCC(連邦通信委員会)に対し、また裁判所において自らのゲートキーパー(門番)としての役割、そしてその役割を前提として課金することを認めるように主張し、そのためのロビー活動なども行っています。これらの会社は、サービス料金をレベル分けする理由として、より品質の高いサービス、映画やビデオ配信の高速化、チャイルド・ポルノなど望ましくないサイトを選別してアクセスを制限する可能性などを挙げています。また、より高額な料金レベルでより高速なサービス提供を提案するものの、他のインターネット・サービスについてはこれまでとおりとなり、特にこれらの「その他のサービス」の速度が遅くなることはない、としています。
このような動きは、これまで無料であったハイウェイが突然「有料高速道路」となり、料金が払えない者は一般道路で渋滞に巻き込まれざるを得ないというような状況に似ています。 ネットワーク中立性が重要である理由 ネットワーク中立性とは、インターネットが、誰の意見、アイデア、情報でも重要性の評価やアクセス制限を誰からも課されることなく、中立の立場から「全ての方向に、誰に対しても流す」というインターネット元来の特徴を指しています。もちろんジャンク・メールや詐欺行為のための罠となる情報なども溢れていますが、これらを禁止しようとすれば、他の重要な情報に足かせをはめることにもなりかねません。電話会社、ケーブル会社などのような回線を提供する通信企業が特別なサービスにレベル分けして課金したり、内容掲載を禁止したりすれば、この中立性は阻害されます。言論の自由という観点からも、現在多く見られるブログ上での広く自由な意見交換なども阻害されるでしょう。
情報を知るという観点からも、「昨今はテレビやラジオのニュースなども企業より、政府よりとなりがちであり、正確な情報はウェブから取得する」、という考えの人々も増えていますが、このような自由な情報の取得もゲートキーパーとなる通信業者の主観により制限されてしまう恐れもあります。つまり、今回の通信会社・ケーブル会社による法制度改正の動きは、広く人々の創造性を引き出しそれらを広く知らしめるというインターネットの強み、良い点、短時間に社会を急激に変化させてきた要素を大きく変えてしまう可能性を含んだ動きといえるでしょう。
営利企業である通信会社は、課金できるサービスと無料サービスとの2つのレベルを取り扱うようになれば、当然インフラの整備においても利益を挙げることができるサービス分野に投資するようになるでしょう。その結果、現在通信会社が主張している「これまでのサービスが遅くなることはない」という主張は意味をなさないでしょう。
これまでのサービスは現在のレベルに留まる一方、「特急サービス」インフラに数倍も投資するということになれば、両者の差は大きく開くことになるでしょう。一般道路の渋滞状況のように、インターネット上の「一般サービス回路」も渋滞状況になってしまう可能性があります。つまり、仕事上または情報の検索を効率的に行うためには特別課金を受け入れ料金を支払うことができる層と、有料化に耐えられない層が出現し、後者は情報の流通から取り残されるという状況もありえます。
政治の世界でも、2004年の大統領選挙の際に共和党・民主党双方ともにインターネット募金を広く利用しました。特に民主党の候補者であったディーン氏やケリー氏がインターネットを利用して多額の選挙資金を不特定多数の市民から短期間に募金したことはよく知られています。また、MoveOnという市民団体はインターネット電子メールサービスを利用することにより、巨額の資金を集め、また市民運動に多くの国民を参加させることに成功しました。通信会社がゲートキーパーの機能を持つようになれば、このような状況が変わる可能性もあります。ここ数年発展してきたインターネットを介する「直接民主主義」の動きが封じられるということにもなりかねません。 インターネット・プロバイダー(ISP)側の反応 上記のような通信業者による制度変更に向けての動きに対するISP側の反応はどうでしょうか。
現在のところ、amazon、eBay、Microsoft、Google、Yahooなどは、一般インターネット・サービス利用者、消費者団体などと同調し、ネットワークの中立性を保持するよう議会に対して意見を述べてきました。これに対し、AOLは、これまでに電子メールに課金することを提案し、この動きに反対したMoveOnが関係する電子メールを自らのネットワーク上で拒否するという行動に出ました。
今後の成り行きを見守りましょう。議会での動きによっては皆さんのウェブ検索、電子メール通信も有料化するかもしれません。