1999年4月号
今日は、ビジネスの売買についてお話しましょう。
皆様の中には、アリゾナでビジネス(会社・商店・レストランその他)を買いたいと思っていらっしゃる方もあるでしょう。ビジネスの売買は、契約法に関わるもので、通常、取引の金額は大きくなります。契約を締結する前に、十分な注意が必要です。契約の用語・文章そのものはもちろん英語で書かれており、慣れない表現や、意味のわからない用語がたくさん出てくることもあるでしょう。契約の条項の意味を誤解することもあるでしょう。よく理解できないままに契約書に署名して後で不利益や取り返しのつかない困難をもたらしてしまうこともあります。1、2例を挙げてみましょう。
Aさんは、アリゾナで生活の糧を得るために街角でよくみかける「ジュース・バー」を買うことにしました。喜び勇んで契約書に署名し、早速商売を開始しました。ところが思ったより売上が伸びません。そこで、ジュースばかりでなく、水と氷(アイス)も売ろうと決めました。ところが、細かい字で書いてあった契約書の中には、「非競走(Non-Competition)」の条項があったのです。以前のビジネスの所有者が、この条項を特別に契約に入れておいたのです。この条項によれば、Aさんは契約締結後この店も含め3マイル以内の場所で3年間にわたって水と氷を売ってはならないと定められていました。Aさんは、契約の時にこの条項に目を通してはいたのですが、あまり重要なポイントとして考えませんでした。この条項のためにAさんは、氷と水をジュースに加えて売ることができませんでした。このような条項は、何のために作成されたのでしょうか。このジュースバーの以前の所有者は、このジュースバーを売ると同時にこのジュースバーから通りを横切った目の前に店を出し氷と水を売り始めたのです。Aさんは、事の重要性に気付いてから初めて弁護士のところに相談に行きました。「非競走」の条項をなんとか「無効」にできないものかという相談に対して、弁護士の方からはこのような非競走協定については、「3年間そして3マイル」という規定は「合理的な範囲」という判例があるのでこの契約条項を「非合理的」として無効にすることは例え裁判を起こして法廷で争っても勝ち目はないという結論を伝えました。この場合「 年間 マイル」という制限であれば、おそらく勝ち目はあったでしょう。どのような制限を「非合理的(アンリーゾナブル)」と決定するかは、ビジネスの種類によります。
Aさんは、がっかりして、次ぎになんとか契約を解消できないものか弁護士に相談しましたが、契約を締結した後のこと、これは不可能でした。Aさんは、利益を挙げることができないビジネスを抱えて事業の別の展開(別の商品を売る)もできず、ビジネスを売ろうとしてもうまく行かず、大変困っています。
この場合、契約を締結する前に弁護士に相談していれば、弁護士の方から「水・氷」制限についての非競走条項の意味の重大性に注意を促すこともできたでしょう。また、ビジネスが一定の期間利益を挙げない場合(Aさんの予想に反して、または元の所有者の述べた以前のビジネスの業績に比較して)、契約を解消または修正できるというような条項を盛り込むことも可能だったかもしれません。逆に、元の所有者に対してAさんのジュースバーと競合するような商売を3年間3マイル以内で展開してはならない(水・氷も含めて)という制限を契約条項に盛り込むこともできたでしょう。
もう一つの例は、商品のディストリビュータシップについての契約の例です。Bさんは、キャンディ類のディストリビュータシップを以前の所有者(ディストリビュータ)から買いました。このディストリビュータ契約は、キャンディ類を卸す大きな会社(C社)とディストリビュータとの間の契約でした。Bさんは、この契約を前のディストリビュータから買い取ったのです。この契約の中には、「C社は、いつでも何ら理由を挙げることなく、一方的に 日前にディストリビュータに通知することにより契約を解除できる」という条項がありました。Bさんは、もちろん契約を読んでから署名したのですが、この条項がそれほど重要であるとは思いませんでした。喜び勇んでビジネスを始めたBさんは、間もなく病気になってしばらくビジネスを休まざるをえませんでした。そこで、C社は、「Bさんが困っているのを助けるために」Dさんを派遣しました。しばらくDさんがBさんの代わりに仕事をしていましたが、Dさんはビジネス管理の能力がなく売上は落ちるばかりでした。数週間後にBさんが回復して張り切って仕事をしようとしていると、C社の方から「契約を解消する」という通知がきました。びっくりして、Bさんが弁護士に相談すると、弁護士からは「契約の条項としてここに書いてあるとおりのことをC社がしているだけなので、どうすることもできない」という返事でした。 日後に契約は解消され、売る商品がなくなってしまうことになりました。Bさんは、ビジネスに投資したお金の全てを失ってしまう危機に直面することになりました。しかし、法律的にはBさんを守ってくれる条項を契約書の中に見つけることができませんでした。
上のような例は、必ずしも特殊な少数ではないかもしれません。家の売買、商品の売買などの場面で私たちは、日常的に契約書に署名しています。そして、細かい字で書いてある契約書の隅から隅まで全部読んでその上「全部理解できた」と思うことはほとんどまれでしょう。ロースクールを出た弁護士でさえ、専門分野の違う契約書などを読んで理解できない用語にぶつかることはよくあります。でも、冷蔵庫や車を買う場合よりはるかに重大な経済的結果をもたらすビジネスの売買ですから、慎重に対処すべできしょう。自分でも勿論、納得が行くまで契約書を読み、以前に似たようなビジネスを売買した経験がある人に相談に乗ってもらうこともできるでしょう。しかし、やはり、最終的には法律の専門家である弁護士に一通り目を通してもらいアドバイスやコメントを求め、注意事項、さらに調査を必要とする事項などを指摘してもらう方が望ましいでしょう。特定の条項の内容などについて、これが不適正であるかどうか、合理的であるかどうか、以前の判例や法律の条文の解釈と照らして詳しく調べてもらうこともできます。
相手から示される契約書の内容に何も注文を付けずに簡単に署名してしまうことも問題です。上記の例のように、契約の片方の当事者にのみ有利な条項というものはよく見かけられます。それらの意味を十分に理解し、納得が行かない場合、自分にばかり不利だと思った場合は、相手に対してその条項を消すか修正するように求めることができるはずです。もし、そのような求めに相手が応じず、あくまでも自分だけに有利な契約条項を押し付けてくるようであれば、そのような契約は締結しない方がよいことになります。つまり、そのような契約内容でビジネスを購入することは止めたようがよい、ということになります。
一般的に、注意を要する項目としては、上記の例のように病気その他の理由で契約の内容を満たすことができない状況になった時の準備として、「保険条項」があるかまたは「契約不履行状態になったときにこの状態を正すために猶予期間が与えられているか」なども重要でしょう。人間が関わる事柄ですから、どうしても事故や病気その他の事情で契約の条項通りに物事が進まなくなることもあるでしょう。その時のために、なんらかの「手段」を準備しておき自分が追い詰められないように、全てを失ってしまわないようにしておくことが重要です。病気や事故だけでなく、地震や嵐、雷などといういわゆる不可抗力(Force Majeure)で契約が履行できない場合の猶予なども契約条項に忘れずに盛り込んでおくべきでしょう。契約の条項の一つ一つが独立した分離可能な条項である(Severable)ことを規定しておくことも重要です。これは、ある一つの契約条項が無効になった場合または履行できない状況になった場合も、その他の条項はそのまま継続して有効であり続けるという規定です。
契約不履行で訴えられた日本の会社が関わる訴訟に関連するお手伝いをした経験からもう一つ言えることは、日本人の場合(これは個人としてもその集団である会社としても)、契約の条項の遵守に対して自分自身も相手に対してもそれほどの厳密性を求めず、「まあ、こんなことが書いてあったかな」位の「アバウト」なところでビジネスを展開していて、事実上は契約不履行の状態になっているのに平気で「ビジネスとはこんなもの」式に何年もそのまま放置する、という例がよくあるということです。実際にビジネスを展開して行く上では、いろいろと多様な要素が関わることが多く、経済、政治、社会的な諸状況が厳密な契約条項の履行を難しくするということはよくあることでしょう。これは、会社同士、個人同士がスムーズにビジネスを展開している間はよいのですが、一端問題が起きると、特に訴訟(特に米国で)になると、良い加減に「履行」してきた契約条項を厳格に取り上げられて「契約違反」として非難され、損害賠償を求められることになります。訴訟の過程で、自社の「契約履行」の状況について時間を遡ってチェックすると、事実、契約の条項と大きくずれた運用を長い間続けていた、つまり法律上弁解の余地がないというようなことがよくあります。極端な例になると、「法務部」の職員が訳したオリジナルの英文「契約書」の翻訳が間違っており、ビジネスの運用は日本語の「誤訳文」をもとにして「契約を履行」していた(つもりになっていた)というような例もありました。
日本の社会では、契約書や法律が「絵に描いた餅」であり、あまり厳密に履行状況をチェックしないで、相互に「理解」と「協力」で物事を進めて行くということがよくあります。これは、ある意味では大変柔軟性があり、便利な点も多いことでしょう。しかし、一端問題が起きれば相手が履行状況を訴訟の過程の中で自分を有利にするために存分に利用できるのだ、ということを意識しておく必要があるでしょう。
契約社会である米国で生活し、ビジネスを展開する日本人の皆様、十分に注意し訴訟に巻き込まれたり、不利な状況に陥ることがないようにいたしましょう。