2002年3月


 今回は、最近問い合わせが増えている遺産相続とプロベート(遺産検認)について、特に債務の取り扱いに関してお話しましょう。アリゾナ州では、亡くなった人の遺産が$50,000を超えると裁判所が関わるプロベート(遺産検認)の対象になります。この額は死亡した者の財産のすべてを合算した額ですが、預金、不動産、401k資金、自動車、株、債券などが含まれます。夫婦が所有していた不動産(自宅など)は、最も一般的な所有形態であるJoint Tenancy with Survivorshipであった場合は、一方の配偶者が亡くなった時点で生存する他方の配偶者の財産となりますので、プロベート(遺産検認)の対象にはなりません。


 亡くなった当人が遺言を残した場合には、裁判所が遺言の正当性の検討を行い、正当であればその遺言に従って遺産の分割を行います。遺言を残さなかった場合は、「公の遺言」ともいえる「法定相続人」(heir at law)への遺産の分割を司る州法に基づいて裁判所の監督の下で遺産を分割します。遺言が存在した場合は、日本とは異なりいわゆる法廷相続人への「遺留分」というような規定は直接の配偶者と経済的に(故人)に依存していた子以外には存在せず、遺言に従って遺産が分割されます。時によっては、亡くなった人が自分の家族(通常の「法定相続人」)には遺産を残さず、明確に「自分の家族(法定相続人)には何も遺産を残さない。もし要求してきたら、1セントづつ贈与する」などという遺言をする場合もあります。家族以外の者を遺産の贈与を受ける者として家族より優先して遺言で指定することができるのです。


 この『法定相続人』という言葉は遺言がなければ遺産を相続するであろう者を意味するものであり、遺言で遺産の相続から除外されていれば相続できない者ということになります。誤解を招きやすい言葉ですので注意を要します。必ずしも遺産の相続権を法で保証されている者という意味ではありません。遺言や信託(トラスト)がなく遺産相続が法に則って行われる場合に相続の権利を有する者という意味です。「法定相続人」に遺産の相続がされないように、家族以外の者に遺産を贈与すると遺言や信託(トラスト)に指定して人が亡くなると「法定相続人」の中には、そのような遺言や信託に対して挑戦する者もあり、プロベート(遺産検認)の過程の中で裁判所を通して法的手続きの中で争うことになります。裁判所が、法定相続人以外の遺言によって「遺産の贈与を受ける者」として指定された者が合法的に遺産を受け取るべきか否かを決定するのです。


プロベート(遺産検認)の手順


 プロベート(遺産検認)は、4つの段階を追って進行します。ます第一段階としては、遺言が存在するか否か、また遺産分割実施者が指名されているか否かの確認が行われます。第二段階としては、亡くなった者の財産目録を作成します。第三段階では、亡くなった者が支払わなければならない税金(遺産税など)を調査し、債権者、債務の目録を作成し、それぞれの支払いをします。第四段階として、上記の支払い義務を果たした後に相続人、贈与を受ける者として指定される者に対しての財産の分割を行います。


遺産分割実施者(Personal Representative)


 遺言を作成するときには、自分が亡くなった後に遺産の管理、分割に際して遺言に指示するとおり実施する者を定めておきます。これが遺産分割実施者(Personal Representative)であり、いわば遺産についてのトラスティー(受託者)です。通常は、遺言を作成する者が自分の配偶者を指定することがほとんどです。この遺産分割実施者は、遺言を残した者が亡くなると、上記の各段階の作業を一つ一つ実施します。第一段階の遺言の有無ですが、遺言実行者がすでに指定されている場合は、遺言そのものの存在を確認することも比較的簡単でしょう。しばしば、問題が起こりえるのは遺言があるということが分かっているのに、実物がどこにあるのか不明であるという場合です。銀行の貸し金庫に入っていて他人が見ることができないということもあります。いくつも遺言がでてきて、裁判所がそのどれが有効なものであるのか決定しなければならない場合もあります。


 第二段階の財産目録を作成する作業は、よほど財産が多くて一つ一つ数えるのが困難である場合以外は、比較的簡単でしょう。通常は、自宅、自動車、家具、宝石、株券その他のリストを作成します。プロベート(遺産検認)の対象になるのは故人の遺産ですが、Joint Tenancy with Survivorshipとして共同所有されている財産、故人が自分とは別の者のために設定した信託(トラスト)、受取人が指定されている生命保険、故人と共同所有として登録されていた国債、コミュニティ・プロパティ(共同財産)のうち生存する配偶者に属す50パーセントなどはプロベート(遺産検認)の過程で分割配分される財産から除外されます。このコミュニティ・プロパティの場合の50パーセント除外は、債務の場合にも適用されます。また、契約、退職年金、信託(トラスト)、その他書面により作成された法的設定に基づく支払い、贈与、譲渡、名義移転などもプロベート(遺産検認)の対象とはなりません。


 第三段階の債務の返済ですが、これは問題となることがあります。時により、亡くなってから初めて故人の債務が発見されるということもありますので、信用調査会社からのリポートを少なくとも2種類取り寄せ、「隠れた借金爆弾」の発見に努めます。債務の中でも、クレジットカードなどは名義人の死亡と同時に債務を返済してくれる生命保険などに加入している場合もあり、会員であった故人の死後債務支払いの義務が消滅することがありますので、そのような個別的な条件も含めて注意深く調査します。この段階においては、Joint Tenancy with Survivorship、コミュニティ・プロパティ、故人の分離債務など、資産債務の種類を注意深く調査する必要があります。例えば、故人とその配偶者のJoint Tenancyとしての債務であれば、故人の死後も遺産の中から全て返済できない場合配偶者はその残余債務の全てを返済する義務が残ります。しかし、債務がコミュニティ・プロパティとしての債務であれば、故人の遺産の範囲内で返済できない場合は、生存する配偶者はその債務の自分の持分である50パーセントに限定して返済義務があることになります。


 遺産の最終分割前に、故人の資産のリストを作成し、その合計から死亡する前の入院費用、薬代、ホスピス費用などの終末医療費、葬儀料、支払い義務のある税金そのほかの諸経費を差し引きます。プロベート(遺産検認)に掛かる費用も差し引くことができます。その結果、故人の債務が残余資産価値を超える場合は、相続人、贈与を受ける者には受け取る資産がないことになります。プロベート(遺産検認)の対象となる資産価値に関してまた遺言の有無などに関して当事者が虚偽の申し立てを行った場合、それまでに「決定した遺産の配分」が反故になることもあり、悪質な場合は民事、刑事上の罰則の適用を受ける場合もあります。


例外規定(遺留分)


 上記のような費用、税金を差し引いた後に債務の支払いを行うことになりますが、アリゾナ州の法律は遺族を守るためにいくつかの例外規定を設けています。つまり、生存する(故人の)配偶者また生計を故人に依存していた子(未成年・成年にかかわらず)に対して(1)現金で$18,000のホームステッド控除、(2)$7,000相当資産控除(自動車、家具など)、(3)家族控除規定が設けられており、債権者への支払いや遺産分割の前にこれらの額を除外することができます。またこれらの除外は故人が生前遺言により妻や(故人に)経済的に依存する子に対して遺産を配分しないと宣言してあった場合でも、日本の法律にある「遺留分」のような性格の除外分として適用されます。これにより、残された妻や経済的に依存する子は最低生活を維持できるように保護されているのです。(3)の部分の家族控除は、判例などから見ると1ヶ月当たり$1,000を1年間にわたり合計$12,000位計上することができます。この他にも以前に「破産」についての記事で述べた自宅不動産に関わる$100,000までのホームステッドの保護も有効であり、全てを合計すると$100,000相当以上の自宅不動産を所有する者で$137,000という相当な額、自宅不動産を所有しない者でも$37,000という額の例外保護が機能することになります。例えば、故人の債務が5万ドル程度ある場合には、上記の除外規定額を故人の遺産から差し引いても5万ドル以上残額がある場合でなければ債権者は債務の全額返済を望めないということになります。また、債務額が遺産からこれらの控除額を差し引いた残額より大きい場合は、「支払い不能(Insolvency)」の状態になるわけです。事実上、債務の返済はできないし、債権者もこの枠組みの中で取り立てできる範囲の額の取立てに甘んじなければならないという結果になります。遺産の価値が上記の諸々の控除額の合計と同じかより小さい場合は、債権者に通知する必要もなく、債権者からの請求を通常のプロベート(遺産検認)手続きの場合のように4ヶ月待つことなく遺産の分割配分を行うことができます。この過程は、A.R.S.s.14-3973に従い簡易プロベート(遺産検認)として実施されます。通常は、生存する(故人の)配偶者が遺産分割実施者(Personal Representative)になり必要な税金、控除、担保付債務などの支払いを行い、残額があれば相続人と贈与を受ける者に配分します。


 配分が終了した後、遺産配分実施者は裁判所に対して資産のリストをそれらの資産価値評価とともに提出します。次にA.R.S.s.14-3974に従いプロベート(遺産検認)終了宣言を裁判所に提出します。簡略プロベート(遺産検認)の実施においては、遺産配分の前に債権者に対して広告を出す必要もなく、最終的にはこのプロベート(遺産検認)終了宣言のコピーを分かっている限りの債権者に送付することで全ての手続きを完了できます。これに対して、債権者はその後6ヶ月以内に限って、このプロベート(遺産検認)終了宣言中の内容に挑戦できます。遺産分割実施者が不当に遺産の価値評価を低く見積もった、という嫌疑で前者に対して挑戦できます。


 挑戦がなければ、無事簡易プロベート(遺産検認)が終了したということになります。これで故人の遺産相続手続きの完了となります。


 配偶者が亡くなった後に発見された債務などの金額の大きさにびっくりすると共に途方に暮れたり、今後の生活の見通しが立たず、絶望的になったり、精神的に追い詰められて病気になったりする人々もありますが、絶望したり、「もうだめだ」と思い詰める前に冷静に法律的にどの位の保護を受けることができるか、配偶者として絶対的に回避できない故人の債務に対する返済義務は実際にはどの位の額になるのか、実証的に調査することが重要です。米国では、遺産(債務)相続の面でも、法的に「敗者復活戦」が可能な仕組みになっており意外に弱者を守るという体勢が整っています。日本で最近頻繁に起こっているという個人的に多重債務を抱えて自殺をはかるというような悲惨な状況を回避できるようになっています。困難な状況に陥った場合は、専門家に相談してください。有料の弁護士ばかりでなく、クレジットに関する公共無料相談所などもあります。