2000年10月

 今回は、二重国籍についてお話しましょう。米国に暮らしておられる多くの日本人の方々が日本と米国の二重国籍者として生活していらっしゃることと思います。お子さんが米国で出生し日本国籍の留保手続きをしたために日本国籍を取得すると同時に、出生により米国の国籍も取得し、将来はどうなるのだろう、と疑問に思っていらっしゃる方も多いことでしょう。「子供が二重国籍ですが、成人するとどちらか選択しなければならないことになるのでしょう?どうしたら良いでしょうか」という質問や米国人と結婚して米国に長期的に居住しているために米国籍を取得した後「日本の国籍を捨てるべきか否か」という質問、また長い間永住許可のまま米国に居住し米国籍を取得しようとしなかった人たちから、「将来の社会保障のことなどもあるので米国籍を取り日本国籍を捨てるべきか」という質問をしばしば受けます。確かに日本の法律では、二重国籍者は日本国籍を選択するか外国国籍を選択しなければならないと規定していますが、実際上はどうなのでしょうか。日本と米国両国の法律を参照し、実際の運用を調べてみました。


 この記事を書くにあたり、「国際結婚を考える会」による「二重国籍」(時事通信社1991年)という本を参照しました。(詳細にどのページを参照しかについての記述は省略します。)今回の記事は米国と日本間の二重国籍の問題に焦点を絞りましたが、この本はその他の多数の国と日本との間の二重国籍の問題を取り扱っています。是非一度お読みください。


 1985年に施行(改正は1984年)された日本国国籍法は、父と母との両方にその子どもに日本国籍を継承させる権利を付与するシステムを初めて採用する(改正前は父系のみ)ことになりました。それと同時に国家の観点から「困った問題」である二重国籍を「国籍選択制度」により回避することにしました。この制度は、旧国籍法にはなかった規定です。新国籍法においては、日本国籍の選択という自己選択を怠ると日本国籍を喪失する可能性があるということになります。つまり、国籍に関して国の管理がより厳しくなったことを意味します。日本国政府は、なんとしても「二重国籍」をできるだけ回避したいという意向であることを明確に法に規定しているわけです。しかし、面白いことにというか日本国政府にとって残念なことに、日本の国籍法が「国籍選択制度」を二重国籍者に強制し二重国籍者を一人残さずなくしてしまおうとしても、それほど容易にその目的を達することはできません。日本国が多国籍者を排除しようと法律で定めていても、他国の法律までコントロールすることはできないからです。それぞれの国家が主権を有し、国籍法というのは国民が誰であるかを規定するという国家の根元にかかわる問題なので、他国である日本国政府はそこまで干渉できないのです。そして世界中には二重国籍や多国籍を認める国が多数あるのです。米国もその一つです。


「日本国籍選択宣言」


 日本の国籍法は、二重国籍者が二重国籍になった時が20才以前の場合は22才に達するまでに、20才を過ぎてから二重国籍になった場合はその時から2年以内にいずれかの国籍を選択しなければならないと規定しています(国籍法第14条1項)。そしてその選択方法としては、(1)外国国籍の離脱(放棄)、(2)日本国籍の選択、(3)日本国籍の離脱(放棄)、(4)外国の法令による外国国籍の選択、の4つがあります。(1)または(2)を実行すると、日本国籍を選択したことになります(国籍法第14条2項)。期限内にいずれかの選択をしないと、法務大臣から書面により国籍選択をするように催告が
なされることになっています(国籍法第15条1項)。この催告を受けるべき二重国籍者の所在が不明の場合または書面により催告できないやむをえない事情がある場合は、日本政府の官報に本人宛の文書と同じ内容を掲載すればよいことになっています。この場合、催告は「官報」に掲載された日の翌日に到達したものとみなされます(国籍法第15条2項)。いずれかの催告を受けた者が1ヶ月以内に日本国籍を選択しない場合は、その期間が経過した時に日本国籍を喪失します。また、日本国籍を選択した後でも、もう一方の国の国籍を持ったままでその国の高級公務員(国会議員や裁判官など)に自らの意志でなると日本国籍を剥奪されることもあります(国籍法第16条2項)。


 以上は、法律にどう規定されているかということを説明していますが、これらの条項は実際にはどのように運用されているのでしょうか。私たちがどのような選択をすれば良いかという現実的な判断のためには、法律の条文がどうなっているかよりその運用がどうなっているかということの方が重要でしょう。選択という言葉を使用していますが、実体はどのように選択するのでしょうか。選択するように義務づけてはいるのですが、(1)外国籍を離脱する、と(2)の日本国籍を選択すると宣言するの両方を同時に義務づけているのではなく、(1)か(2)のどちらかをすることにより日本の国籍を選択することを示せと言っているに過ぎません。実際の「日本国籍選択の宣言」は22才までにと決められているので、22才以前のいずれの時点でもよいことになります。


 日本国籍選択の届け出の方法は、(1)居住地の役所(在外公館)に届け出るか、または(2)国外から日本の本籍地役所に届け出るかのどちらかですが、米国に居住する者にとっては(2)の方法が最も簡単です。「国籍選択届け」の用紙は、どちらからでも取り寄せることができます。届け出は、本人が15才未満であれば親などその法定代理人が行います。極端な場合、子の出生届け・国籍留保届けと同時に「国籍選択届け」を出しておくこともできます。そうしておけば、22才までに選択をもう一度しなくても、既に手続きは終わっていることになります。


「日本国籍選択の宣言」の外国国籍におよぼす影響


 実際には、この届け出をすると日本国籍の選択を日本政府に宣言したことになりますが、もう一方の国は別の主権国ですから日本政府への届け出はその国に対しては「届け出」としてまたは「国籍離脱宣言」としての効果はありません。国籍選択相互通報というものはほとんど実施されませんから(日米間でもなし)、日本国籍選択の届け出をしたという事実は相手国の側には知られていないし、相手国における法的な効果(国籍放棄の手続き)は全くありません。日本の「国籍選択届け」書式には、同時に外国国籍を放棄しますという文章が印刷されていますが、これは「努力目標」のようなものであり、実際にもう一方の国籍を離脱しなくても罰や不利益を被る可能性はほとんどありません。国際結婚を考える会で調べたところ、市役所や区役所などが出すはずになっている催告などもほどんと出していない自治体もあり、徹底されているというにはほど遠い状況のようです。つまり二重国籍者でこの催告を受けるべき時期にまったく受けないまま過ぎている人々も多くありそうです。


「外国国籍選択」の日本国籍におよぼす影響


 日本国国籍法では、外国の国籍を自ら選択して取得すると日本国籍を喪失することになっています。しかし、相手国から通報がない限り日本の政府にはこの当事者が外国国籍を選択した事実は通知されませんから、本人が自由意志で日本の国籍を離脱したいと日本政府に申し出ない限り、実際の効果はないことになります。米国の永住許可(グリーンカード)取得者が帰化し米国籍を取得しても日本の国籍法上は効果が理論的にはあっても実際は「知らぬが仏」になっているわけです。実際に、米国に帰化した後長い間日本国籍を喪失していたと思っていたところ、「日本への届け出を忘れて」いてそのまま日本国籍のままであった、つまり二重国籍のままであったなどという話をしばしば聞きます。外国人と結婚して日本国籍を放棄あるいは喪失した日本人女性や旧国籍法の規定により日本国籍を取得できなかった日本人女性の子どもなどが簡易帰化の制度を利用して日本国籍を取得できる場合がありますが、能力、居住要件、生計要件などの資格の認定があります。最終的には法務大臣の裁量で帰化が許可になるか否かが決まります。 
本人の外国籍選択の結果でなく、外国で出生した子どもの日本国籍の留保手続きを怠ったために日本国籍を喪失して外国籍だけになった場合、20才未満であり、日本に永続的に居住するつもりで日本に生活の根拠と住居を有する場合のみという条件付きで「届け出による国籍の回復」を認めるという制度もありますが、かなり厳格な要件を満たさないと許可されません。


米国から見た「日本国籍選択宣言」


 基本的に、米国には二重国籍を禁止する法律がありません。また米国最高裁判所は1952年に二重国籍は法律で長い間認められてきており人は二重国籍を持つことができ、それぞれの国でそれらの権利を行使してもそれだけではもう一つの国籍の権利を放棄することを意味しない、という判決を出しています(Kitagawa v. U.S. 343 U.S. 717, 1952)。米国の法律には二重国籍を出生時に得た人や年少時に第二の国籍を得た人に対して、成人に達した時にどちらかの国籍を選択するように強制する規定はありません(Mandoli v. Acheson, 344 U.S. 133, 1952)。日本政府への二重国籍者の「日本国籍選択宣言」について米国政府がどのような観点に立って判断するか国際結婚を考える会から問い合わせをしたところ、在日米国公館からの回答では、アメリカ市民権の喪失については本人の意思がいちばん重要視されること、日本の国籍選択制度に従って選択宣言をしたとしても、それはアメリカ国籍に何の影響も与えないこと、日本の国籍選択宣言の後、外国国籍の離脱を義務づける(日本の法律は米国の)*法律には何の実行性もないこと、(しかし)*もしそれに従ってアメリカ国籍離脱の手続きをとると、即アメリカ国籍喪失となる、と回答しました。また日米の二重国籍者が日本政府に対して「日本国籍選択宣言」をしても、その事実は米国政府に通知されないと述べました。つまり、日本国籍選択宣言を日本政府に対して行った後で、積極的かつ明確に米国政府に対して「米国籍を離脱する」と意思表示をしない限り米国籍を喪失しないことになります。


 18才以上になった米国民がその自由意志で外国の国籍に帰化した場合は米国籍を失うという規定(INA:Immigration and Nationality Act : Section 349(a)(1) )は、二重国籍者が日本国籍を選択する宣言をする場合には適用されません。つまり、「日本国籍選択宣言」を日本政府に対して行うことは「帰化」を自由意志で選択することとは同一視されていません。この部分が、混乱を招くところです。米国政府は日本国籍の選択宣言を「日本への帰化の意志表示」とはみなさないと判断しているのですが、日本の国籍法の運用はあたかも日本の国籍を選択する二重国籍者は日本国籍の選択の後(米国の主権の範囲であるにもかかわらず)「米国籍の放棄」を日本の国籍選択届出書に事前に印刷するという方法で、義務であるかのような印象を与えるという効果をねらっているようにも思われます。これを読んだほとんどの人が「日本国籍を選択する」ということと「米国国籍を放棄」することを自動的に両方が行われなければならない「ペア」のように思ってしまうでしょう。後者の「米国国籍の放棄」を積極的に届けでないと日本政府、米国政府、またはその両方から何らかの罰を受けるか不利益を被るかのような印象を与える効果があります。日本の政府は、何としてもできる限り二重国籍者を減らそうとしているわけですから、上記のような誤解・解釈に基づいて米国籍を放棄して日本国籍のみを選択する者、または日本国籍を放棄して米国国籍のみを選択する者が多くなればなるほど好都合になるわけです。


 結論的には、出生により二重国籍となった子どもたちは早々に「日本国籍選択」の届け出を日本政府に提出し(できれば18才未満である方が上記の米国のINAの規定との関係上さらに明確に問題なしということになりますから)、米国の国籍を放棄するという手続きをしないままにすれば、両方の国籍を問題なく保持し続けることができることになります。また帰化により米国籍を取得し二重国籍になった成人も、日本政府に積極的に「米国に帰化したので日本国籍を放棄する」と届けでない限り、そのまま二重国籍を維持できることになります。非公式には、米国人ばかりでなく外国人(特に政情が不安定な発展途上国の国民)と結婚して相手国の国籍を取得する女性が「日本国籍はそのままにしておいた方がよい」という指導・ガイダンスを大使館・公使館の係官から受けたという話もききます。「米国籍を取ると日本国籍を失ってしまうかもしれない」、と心配して何十年もグリーンカードのまま米国に住み続ける必要はなさそうですね。二重国籍というのは、決して「負」の財産ではなく二つの国の文化を知り二つの国に生活のベースや親族関係をもつという、地球上にますます増えつつある種類の人間たちの仲間入りするということです。負い目に思うことなく、積極的に利点を生かし両国の親善や相互の経済・文化交流に貢献できる人間たちであることの印と思えば良いのではないでしょうか。


 ここでは、最も単純明快な例の場合を考慮しました。養子縁組で二重国籍になった場合や、20才から22才の間に二重国籍になった場合など、個々の事情を詳しく調べて対処した方がよい場合もありますから、「複雑な要素」がからむ場合にはご相談ください。


* 注:アンダーライン部分は著者による追加。