2003年9&10月
先回は、米国市民権と社会保障の話をいたしました。結論的には、米国で長期的に生活しリタイアメント後も滞在し続けようと考えている方たちにとって、「市民権を取った方がよいでしょうか。本当に市民とグリーンカードの人との間に実質的差別があるのでしょうか?」という質問の回答は、「差別はあります。やはり米国籍を取得した方がよいでしょう」というものでした。しかし、この質問の後に続き必ずされる質問、「日本国籍はどうしたらよいのでしょう。日本の国籍は諦めなければならないのでしょう?」という質問の回答はどうなるのでしょう。米国全体またアリゾナ在住の日本人は、私自身も含めグリーンカードを保持しつつ、数十年米国籍を取得しないままになっている例が結構多いのですが、米国籍を早々に取得しない理由は実はこの「日本国籍を捨てなければならない」という恐怖なのではないでしょうか。日本人でなくなることを条件に米国籍を取得することに対する抵抗が大きいということもできるでしょう。
二重国籍防止、国籍の選択
日本の国籍法が二重国籍を防止しようとする目的で、「国籍留保」と「国籍の選択宣言」、「外国に帰化した場合には日本の国籍を喪失する」という規定を設けていることは、みなさまもご存知のことでしょう。「国籍留保」とは、外国で日本人を父母、父、または母とする子の出生日から3ヶ月以内に「日本国籍を留保」するという届け出をしない限り日本の国籍を失うという制度です。これは日本国内で日本人を父母、父または母として出生した子の場合には出生届けを出すだけで自動的に戸籍に記載される(つまり日本国籍となる)という事実と比較すると、奇妙な差別です。実際、この「日本国籍留保届け」を出す義務については周知が行き届かず、知らないままに子の日本国籍を喪失してしまうという例が数多くあるようです。「日本国籍者であってもよかった」これらの者は、一応帰化して日本国籍を取得する条件が他の外国人よりも容易であるといわれていますが、日本在住暦、年齢制限などの条件を満たす必要があり、外国に居住し続ける者にとっては「簡易帰化」も決して簡易でも容易でもありません。また帰化という制度は、条件が満たされれば自動的に国籍が取得できるという制度ではなく、あくまでも「法務大臣の裁量」であることを考えると、一度日本国籍を喪失すると、再取得は決して自動的でも、容易でもなく経済的、金銭的にも当事者に負担を強いるものであることを忘れてはなりません。
「国籍の選択宣言」とは、結婚により本人の意志と関係なく相手国の国籍を付与された場合には相手国の国籍付与日から2年以内に、出生により二重国籍となった者に対して22歳になるまでにどちらの国籍を選択するか宣言義務を負わせるという条項です。父系血統主義の国籍法(父親が日本人である場合にのみ子に日本国籍を付与するという国籍法—驚いてはいけません、日本の国籍法は1984年まではこのような父系原則を採用していたのです)を父母両方の血統主義の国籍法に改正する運動をしていた当時、政府側が妙に「二重国籍防止」にこだわり、そのための条項をいつくか設けたことを思い出します。「こんな条項はいらない。将来問題になる」とその時も国籍法改正運動を担っていた人々からは「二重国籍容認論」が出ていたのですが、それを国籍法に採用させるまでの力が運動をする側に不足していたというのが現状でした。日本国民である永住許可者(グリーンカード保持者)が米国籍を「自分の意志で取得した」、つまり、「自らの意志で外国に帰化した」という場合ですが、帰化当事者は帰化と同時に「日本国籍離脱届け」を提出し日本の国籍を離脱することになっている、または日本の国籍を離脱するべく「努力する義務を負う」(ずっと努力していると言えば良いとも解釈できます)ことは皆様もご存知のことでしょう。しかし、「日本国籍留保届け」の場合と異なり、この「日本国籍選択宣言」の運用は、実際にはあって無きに等しい、つまり不徹底な実施となっています。米国だけをみても、米国籍を取得したがその後日本の国籍を離脱する宣言などせずに、そのまま「二重国籍状態」になっている人々が多く存在します。その中には日本の政府が「二重国籍」として把握している者もいるでしょうが、おそらく大多数は日本政府が正確な情報を得ていない場合でしょう。国籍法には「日本人が自己の志望により外国籍を取得した場合には日本国籍を喪失する」(第11条)となっているので、これらの人々は日本の国籍が無いはずなのですが、日本のパスポートを更新し続け(これは日本に帰国した際に行い、在外領事館で行わないこと)、日本国籍を保持し続ける人々が多くあります。そして不思議なことに、これらの人々を追跡し、日本の法務大臣が実際に警告を出し、その後日本国籍を剥奪したという実例は皆無です。つまり、二重国籍者で日本国籍選択宣言義務に違反したために日本国籍を剥奪された者は1985年に新国籍法が実施されて以来一人も存在しないということです。言い換えると、日本の政府は法律で規定されていることを実施してこなかったというのが現実です。
二重国籍として出生しそのまま22歳を過ぎて何もせず、自然に「二重国籍者」のままである人々も多数存在するのです。「子供が二重国籍ですが、日本の国籍を選択するという宣言はした方が良いのでしょうか」という質問もよくされます。「子供が二重国籍ですが、もう22歳を過ぎているのですが、このままで大丈夫でしょうか。将来何か問題が起こるでしょうか」という質問も受けます。これらの質問に対する回答は、「何もしないでも、別に支障はないでしょう。宣言をして「日本政府の注意を引くより」そのまま何もしない方が良い選択かもしれません」という回答になるでしょうか。実際、何もしない結果国籍の剥奪も罰則も適用されないのであれば、黙って二重国籍のままでいるという選択が一番面倒でないという選択のように思われます。この場合も、パスポートの更新は日本の旅券発行所で行うことをお忘れなく。
最近、米国人と結婚したために米国に長期居住し、米国籍を取得後、日本の国籍離脱手続きをしないまま数十年経過したという方から「日本に帰ってリタイアすることに決めたが、住民登録は数十年前に米国に転出したままになっている。いろいろ調べたら、これから日本に帰り住民登録をしようとすると、日本のパスポートを提示するよう求められるということです。私は、これまた数十年前に切れてしまった日本のパスポートがあるだけで、それ以来日本のパスポートは持たず、米国のパスポートで日本に出入国してきた。パスポートが無いので提示できず、パスポートの再発行は住民票が無いとできないのですが、どうしたらよいでしょう」という質問を受けました。上記のような有名無実となっている国籍法の「国籍離脱手続き実施」と地方自治体の住民票手続きの運用とが絡み合った実際上のやっかいな問題ですが、解決方法はすぐには思い浮かびません。日本のパスポート提示を求めるという手段で、この相談の方のような「外国に帰化した日本人が住民登録できないようにする」というのが目的であるとすれば、国のレベルで実施できない「二重国籍防止」を地方自治体のレベルで何とか実行しようとしているのかもしれません。当事者にとってこれは困った問題です。米国の日本領事館に連絡を取りパスポートの申請をすれば、「米国のVISAは何ですか」と聞かれるので、「VISAはない」といえば、米国籍者であることが分ってしまい、法律の適正な解釈から考えると「日本の国籍を離脱するように」という指導を受けることになるでしょう。しかし、窓口で実際どのような指導・処理を行うのかは100パーセント予測することはできないでしょう。外国に「帰化」し日本のパスポートを保有しない者に対しても、例えば朝鮮人民民主主義共和国(北朝鮮)に元在日朝鮮人の夫と共に移住し、最近になって日本への帰国を求めている人々への対応を見ると、日本のパスポートを保持し続けていなくても、また外国人との結婚で日本国籍を喪失した者でも「日本国籍者」であることを認め(戸籍を確認または復活後)、日本人として日本への帰国を許可するという場合が多いようです。それらの人々は、「日本のパスポートの提示を条件に住民登録を制限する」という措置は受けないで、日本の彼らの出身地に戻り、住民登録を復活し、日本人としての生活を数十年ぶりで再開したことでしょう。
そのような例から考えると、上記のような米国人の夫との結婚により米国籍を取得したが「老後を故郷である日本で生活したい」という日本人に対して「日本国籍離脱」を今更迫るとも思えない部分があります。しかし、実際の運用に関しては、日本の窓口のお役人が与えられている裁量は相当に大であり、法的な知識やその運用も「まちまち」なので、あくまでも予測は「正確には不明」と考えるのが正しいでしょう。
実際、米国人と結婚して米国籍を取得しても、離婚し日本に帰国することになる場合、両親や家族の看病などで一時長期帰国して就労しなければならない場合、夫が死亡し未亡人になり急に日本に帰国し就労する必要がある場合、夫が死亡し未亡人になり老後を日本で暮らしたい場合、など日本の国籍をそのまま保持していないと大変不便なことがあるでしょう。米国の医療費負担と日本の健康保険制度を比較し、老後は日本で暮らし日本の社会保険を利用したいと考える場合もあるでしょう。国民健康保険は、市町村によって居住期間条件など多少の差はありますが外国人でも加入できるようになりました。しかし、日本でも「国籍要件・定住外国人要件」がある、つまり日本国民または永住許可外国人でないと受けられないサービスはあります。生活保護や医療扶助などがそのようなサービスの例でしょう。日本と外国の両方に家族関係を持ち、両親は日本におりいつ看病の必要が生じるかわからない、そして子供たちは米国に居住している場合など、日本の両親を看取ったら今度は自分たちが「老後」生活に突入し、日本にしばらく暮らした後に、弱ってきたら米国の子供のそばに戻りたいと希望し日本と米国を往復する生活設計を立てる場合もあるでしょう。計画を立てたわけではないが、事実上の成り行きでそうせざるをえないという場合もあるでしょう。人生はそう計画通りにはならず、予測不可能なことは誰にでも起こります。意図せず日本と米国の間を往復して生活するはめに陥る場合もあるでしょう。このような計画や成り行きも、日本と米国を自由に往復でき両国の国民としての権利を全面的に享受できて初めてスムーズに展開できるでしょう。往復するたびに外国人として移民法、出入国管理法の要求を全て満たさなければならないということになれば、病気になったり、障害者になったり、アルツハイマー症が出た途端に、その場に釘付け状態になる場合もあるでしょう。社会保障上は「米国」にいれば全面的に補助を受けることができるのに、日本に滞在しているときに倒れてしまった、またはその逆が起こることもあるでしょう。
上記の「住民登録」問題を相談なさった方に対する回答はすぐにはできませんでしたが、調査をして次の機会に回答いたします。長期的観点から考えると、有名無実になっている「国籍選択制度」や何の意味もない差別的な「国籍留保届け制度」の廃止そして二重国籍や多重国籍を容認する法律に改正するのが一番すっきりした解決になることは確かです。現在日本で両方の制度を廃止する運動をしているグループがいくつかあります。代表的なグループを二つご紹介しましょう。一つは1980年代に国籍法改正運動を担った「国際結婚を考える会」です。現在「国籍選択制度と国籍留保届けの廃止を求める請願」を準備中で、国会に請願するための署名を集めています。関心がおありの方、署名をしたいという方は私のところに署名用紙がありますのでご連絡ください。また独自に署名を集めたいとご希望の方は、にアクセスして署名用紙をダウンロードできます。周囲の家族、友人から署名を集め提出できます。IST Petitioners Associationという組織でも重国籍を容認するよう法改正に向けて運動しています。こちらのグループとの連絡はにアクセスしてください。こちらは現在衆議院議員大出彰一氏を紹介議員として「二重国籍容認を求める請願書」を国会に提出する準備中です。
残暑(?)に負けず、健康で楽しい毎日をお送りください。