2001年4月

 今回は、移民法と刑法との関わり、特に刑法上の問題を抱えた外国人が移民法上どのような扱いを受けるかいくつかの例を挙げて説明してみます。実際には、法律が錯綜している領域で新しい判例も出たばかりの問題もあり全体を把握することは難しいので、いくつかの例を氷山の一角として考えてみましょう。


 米国に住んでいる外国人はそれぞれ滞在許可を得ているわけですが、滞在期間中に犯罪を犯したり、犯罪に巻き込まれたりして国外退去になる場合があります。また、外国から米国に入国しようとヴィザ(査証)を申請しても許可にならない場合があります。


 ヴィザが発行されないまたは入国が許可にならない外国人としては次ぎのようなカテゴリーがあります(8 U.S.C. 、 1182)。
1) 健康上の理由:この中にはエイズなどの感染症、精神病にかかっている者などが含まれます。
2) 特定の犯罪に関して有罪判決を受けた者:この中には「道徳的に邪悪な」犯罪に関連して最大限で365日以上の刑期になりうる犯罪で有罪判決を受けた者が含まれ、「加重重罪犯(Aggravated Felon)」は特殊なカテゴリーとされます。
3) 複数回有罪判決を受けた者:この中には、重罪でなく軽犯罪でも数回有罪判決を受けた者が含まれます。
4) ドラッグ所持・販売などで有罪判決を受けた者:米国以外の外国でドラッグに関連して有罪判決を受けたことがある者も含みます。
5) 売春:売春の目的で入国しようとする者、売春をさせる目的で外国人を入国させようとする者などが含まれます。
6) 180日以上かつ1年より少ない期間違法に米国に滞在した者:自主的に国外退去した場合には、3年間は米国に再入国できません。1年以上不法滞在した者は自主的に退去した後、10年間は米国に再入国できません。
入国が禁止されるカテゴリーとしては他にもテロリスト活動をする者などが含まれますが、ここではこのリストか全てを網羅するものではないことに留意してください。


米国内にすでに滞在していて退去命令の対象になりうるいくつかの例としては、次ぎのようなものがあります(8 U.S.C. 、 1227)。
1) 偽装結婚による入国許可の取得者。
2) 入国してから5年以内に「道徳的に邪悪な」犯罪で有罪となり365日以上の刑執行の可能性がある者。(永住許可所有者の場合は、入国から10年以内に同様の犯罪で有罪となった者)。
3) 「道徳的に邪悪な」犯罪で複数回有罪となった者。
4) 入国後いずれの時点であれ「加重重罪犯(Aggravated Felon)」として有罪となったもの。
5) 入国後、外国での場合も含み、ドラッグ関連犯罪で有罪となった者。(30グラム以下の自己消費用マリワナ所持の初犯の場合を除く)
6) 入国後ドラッグ使用者、または中毒者となった者。
7) 入国後違法に銃その他の武器を購入、販売、販売申し出、交換、使用、所有、所持、運搬した、または同購入、販売、販売申し出、交換、使用、所持、運搬しようと試みたまたは謀議したという容疑で有罪となった者。
8) 入国後家庭内暴力(夫婦・親子間、同棲者間など)、ストーキング、児童虐待、児童遺棄で有罪となった者。
9) 入国後保護命令(Protection Order)に違反した者。
10) 入国後5年以内に生活保護など国の資金援助を必要とするようになった者で正当な事情があることを示すことができない者。


 上記は、具体的には「酒酔い運転」で重罪判決を受けたような場合、窃盗、ドラッグの所有のみでも2度以上有罪判決を受けた場合、10,000ドル以上の脱税、偽証罪、未成年者に対する性犯罪、家庭内暴力、詐欺などで365日以上の刑期となりうる場合などが含まれます。Aggravated Felonとして有罪判決を受けた者は、国外退去(Removal)命令を受けた結果国外に退去後、20年経過しないと米国に入国できません。唯一の例外は米国司法長官が特別に入国申請を行ってもよいと許可を与えた場合のみです。
退去


 一般的に上記のような理由で国外退去が決定されると、司法長官は当該判決を受けた外国人を90日以内に国外退去します(8 U.S.C. 、 1231)。この期間当該外国人は、収監されます。


退去後の再入国


 上記にそれぞれ、退去後の再入国禁止期間について述べましたが、次ぎに禁止期間中に違法に再入国した場合、または再入国を試みた場合の刑罰を見ましょう。上記のように刑法上有罪の判決を受け刑務所に収監される場合、刑期が全部終了してから退去措置の対象となる場合もありますし、刑期の途中で退去になる場合もあります。それぞれの詳細はここでは省きますが、一般的には下記の通りになります。


 退去命令が出てから再入国禁止期間中に再入国したり再入国を試みた場合、司法長官による特別な許可がない限り、または当該外国人がそのような許可を必要としないことを証明できない限り、下記のように新たに刑罰の対象となります(8 U.S.C. 、 1326)。
(1) ドラッグ関連で3回以上有罪判決を受けた者、他者に身体的被害を与えたという罪で有罪となった者、重罪(Felony)で有罪となった者(加重重罪:Aggravated Felonyを除く)は、罰金刑、または10年以下の懲役刑、あるいはその両方を受ける可能性があります。
(2) 加重重罪で有罪になった者の場合は、罰金刑、または20年以下の懲役刑、あるいはその両方を受ける可能性があります。


有罪判決の減刑・取り消しの効果


 犯罪者として有罪となる場合、特に初犯の場合は執行猶予付きの有罪判決を受けることが多くなります。家庭内暴力で1年の懲役刑の判決を受け、同時に3年間の執行猶予がつくというような場合です。特定の条件に該当するドラッグ所持で有罪判決を受けた初犯者の中には、執行猶予中の態度が良好であったために有罪判決を取り消される者もあります。このような場合には、移民法上の退去条件との関連でどのような効果となるのでしょうか。


 この点に関しては、最近大変興味深い判例が出ました(Jose E. Sandoval, Petitioner, v. I.N.S., Respondent: No. 99-3158, United States Court of Appeals, Seventh Circuit, Feb12, 2001)。このケースでは、INS側はThe Illegal Immigration Reform and Immigrant Responsibility Act 0f 1996 (1996年違法移民改革および移民責任法)に則って、執行猶予期間後に正式に抹消(Expungement)となった刑も移民法上つまり退去命令・再入国禁止条件上は刑としての効果を保持するものであり、該当する者は刑が記録として抹消された後も強制退去・再入国禁止措置の対象となると主張しました。しかし米国高等裁判所(第7巡回裁判管轄区)は、公式記録として州が抹消した(ドラッグ所持初犯に関連する)刑期は退去命令の根拠として使用されないという判決を出しました。この判決により、1996年の同法立法時以来の混乱が多少整理されたました。この5年間このような減刑された刑期、公式記録として抹消された刑期に関して、それらが強制退去の根拠になりえるのか否かについて明確な指針がありませんでした。今回のこの判決では、ドラッグの所持についての有罪判決でしたが、Aggravated Felonyについても同様な結論が該当するようになるでしょう。つまり、当初刑期が執行猶予付きの365日以上であった場合も、その後の執行猶予期間中の良好な行動により、有罪判決自体が公式記録から抹消された場合は、Aggravated Felonであった者も強制退去の対象にはならないでしょう。


 しかし、事態はそれで全て解決というほど簡単ではありません。公式記録から抹消された(Expunged)有罪判決の意味を考える必要があります。強制退去の対象にならないということと、この有罪判決が「いかなる意味においても存在しない」つまり、「かつて存在しなかった」有罪判決になるのかというと、これは「厳密には」には同一ではありません。皆様の中には、就職やINS関連の書類を書き込む時に、「これまでに逮捕されたことがありますか」とか「これまでに有罪になったことがありますか」というような質問があったことを憶えていらっしゃる方もあるでしょう。記録上抹消された有罪判決を受けたことがある者は、これらの質問にどのように答えるべきでしょうか。この点は重要です。なぜなら、回答の仕方を誤ると、後に公文書中で偽証したという罪になったり、「真実を述べなかった、虚偽の事実を述べて就職に成功した」という理由で職場をクビになったりする可能性があるからです。保険に加入する際に同様の質問をされ「いいえ」と回答した後に「虚偽の申し立てをした」という理由で保険金を受ける資格を失うというような事例もあります(Stephen T. Russel v. Royal Maccabees Life Insurance Company, Ariz.App. Divi. 1 1998)。上記のような質問に正しく回答するためには、両方の質問に対して「はい」と答える必要があります。つまり、有罪判決そのものは公式記録から抹消されても、該当本人が逮捕されたことがある、有罪になったことがあるという事実は抹消されないので、本人がそれらについて訊かれた場合は、「ある」と回答しないと虚偽の回答をしたということになるのです。


 さて、365日以上の刑期の有罪判決を受けたが、その後執行猶予期間を経て減刑され、有罪判決そのものが記録から抹消された者は強制退去の対象になっていないわけですが、自分の意志で国外に出た場合には上記の元々の有罪判決(例えばAggravated Felony)による再入国禁止期間(例えば20年)待つことなく自由に合法的に米国に再入国できるでしょうか。この点は、相当に慎重な配慮が必要でしょう。理論的には強制退去の対象でなくなった以上は、再入国制限もない、つまり抹消になった有罪判決の効果はすでにない、と考えることが自然でしょう。しかし、同時に上記の「入国禁止外国人」の定義を振り返って見ると、「ノ有罪判決を受けた者」という表現になっています。これは厳密に解釈すると、「例え公式記録が抹消されても有罪判決を受けたことが事実として過去にある者」という意味に解釈することが十分可能です。


 このような意味では、結果的に記録抹消された有罪判決を受けたことがある者が米国を一時離れ、一定の期間の後米国に再入国しょうとする時、一定のリスクが存在する可能性があります。記録抹消された有罪判決は強制退去の根拠にはならないという判例があるものの、やはり再入国申請時は、日本に帰国した場合であれば、在日米国大使館に問い合わせて司法長官からの再入国申請許可を取得する方が安全であると言えましょう。