1999年7月

 先月号で、ADR特に調停と仲裁について書きましたが、今月は仲裁について注意を要する点を少しお話しましょう。先回のお話の終わりに、「商業的な契約やその他の契約の条項として紛争が起こってもすぐに訴訟を起こすことなく調停や仲裁をまず行うと規定しておくことも賢明なやり方でしょう」と言いましたが、契約書に書きこめばそれで全て良いとは必ずしも限りません。 米国連邦仲裁法(FAA:Federal Arbitration Act, U.S.C. 第9条1項以下)では、仲裁契約をその他の強制可能な契約と同等に位置づけています。同条2項は、「〔仲裁契約について〕契約の取り消しに関して、慣習法または平衡法における根拠がある場合のみを例外とし、有効とし、取り消し不可能、強制可能である」と規定しています 。

  米国連邦最高裁判所は、1991年にGilmer v. Interstate/Johnson Lane Corp.( 500 U.S.20, 35, 1991)において、ニューヨーク株式市場の金融サービスマネジャーとしてインターステート社に雇用されていた従業員の年齢差別に関する連邦制定法上の権利請求は強制的仲裁の対象になるという判断を下しました。原告である従業員は、ニューヨーク株式市場との間に「全ての紛争、請求、論争に関して仲裁を採用する」という契約をしていました。原告がニューヨーク株式市場と交わしていた「仲裁契約」を、連邦法である「雇用における年齢差別法(Age Discrimination in Employment Act:ADEA)」に基づいて主張された年齢差別に関する権利請求についても有効としたのです。 その他にも、従業員退職年金法(Employment Retirement Income Securities Act :ERISA)、1964年公民権法第7章(Title VII of the Civil Rights Act of 1964)、身体障害を持つアメリカ市民に関する法律(Americans with Disabilities Act: ADA)、公正労働基準法(Fair Labor Standards Act :FLSA)などの連邦法などについても「仲裁条項」が有効とされています。 しかし、「仲裁条項」の強制には以下に見るようにいくつかの例外があります。

  米国では、陪審員を伴う裁判を受ける権利というのは広く国民の権利として認められている側面があるので(これはどんな場合にも陪審裁判が保証されているという意味ではありませんが)、特に雇用差別に関する問題などでは「仲裁条項」が従業員ハンドブック、雇用契約の中に書かれていても、それだけで差別があったとして雇用主である会社を訴える原告の「陪審裁判を受ける権利」を完全に奪ってしまうことはできません。つまり、雇用主である会社の立場から言えば、「仲裁条項」を従業員ハンドブックや雇用契約に書き込んでも「これで従業員から雇用に関して裁判所に訴えられることはない」と安心することはできないのです。この点について、説明してみましょう 。

  例えば、従業員ハンドブックに「仲裁条項」があって、従業員が入社した時点で「読んで了解した」という署名をしたとしても、それだけで「仲裁条項」を明確に意識して自発的に受け入れたとは解釈されません。また「仲裁条項」に同意しない限り雇用を解除する、という内容の雇用契約は陪審員を伴う裁判の権利を妨害するという理由で禁止されています。そして「同意」があったか否かの判断も相当厳密に行われます。従業員がある特定の項目について(雇用・解雇など)仲裁条項に「明確」に「同意」したと認められない場合には、仲裁条項は無効とみなされ従業員は会社を裁判所に訴えることができると判断される場合が多くなっています。「明確に同意した」とみなされるためには、従業員ハンドブックや雇用契約書に、一般的に「雇用者と従業員の間に紛争が起こった場合は仲裁により解決する」と書かれてあり、それに対して従業員が署名したというだけでは不十分です。強調的に明確に、別の仲裁同意書などを準備して、特定化して同意を得る必要があります。 裁判所は、「従業員に対して選択が明確に提示され、その特定な従業員が問題となっている特定の権利を放棄することに明確に同意しなければ「仲裁条項」などを強制できない」という判断を下しています(Nelson v. Cyprus Bagdad Cooper Corp., (9th Cir. 1997) 119 F.3d 756) 労働協約(Collective Bargaining Agreement: CBA)中に規定される「仲裁条項」に従って行われた仲裁で仲裁人がある特定の「従業員の解雇は正当な理由で行われた」と結論を出した場合でも、その解雇の対象となった従業員が公民権法第7章(タイトルセブン)に基づいて人種差別であると訴えたところ、仲裁条項があるにもかかわらずその従業員が会社に対して訴訟を起こす権利を有すると認めた最高裁判所の判決もあります。

 (Alenxander v. Gardner-Denver Co., 415 U.S. 36. 1974) また米国雇用機会均等委員会(EEOC)は、雇用条件として拘束力のある仲裁を要求することは公民権法の違反でありADRの理念に反するという見解を示しています。人種、肌の色、宗教、性別、出身国、年齢および身体障害に関する不法な雇用差別があった、というような訴えを従業員がした場合には、労働協約、雇用契約などに仲裁条項があっても適用されずに提訴される確率が相当にあるということを意味します。 ニューヨーク州の控訴裁判所は、労働協約にある「強制的な仲裁条項」について、年齢による差別があったとして会社を訴えた従業員に関して無効、つまり仲裁を強制できないという判断を示しています(Crespo v. 160 W. End Ave. Owners Corp., ___N.Y.S.2d.____1999 WL 48782 (App. Div. Feb 2, 1999) )。制定法の権利、特に年齢差別に関しての紛争が起こった時に仲裁するという同意を明確にしていないので仲裁を強制することはできない、という判決でした。 第9巡回区控訴裁判所(アリゾナ州は同巡回区控訴裁判所の管轄区に属しています)はまた、労働協約中に仲裁条項が存在しても、従業員が雇用者である会社を人種差別の嫌疑で訴える場合には仲裁を強制することはできないという判決を下しました(Craft v. Campbell Soup Co., 161 F3d 1199 (1998) )。同判決は、公民権法第7章(タイトルセブン)で保証されている権利については仲裁条項が存在してもこれを強制することはできない、つまり原告となった従業員は会社を相手取って訴訟を起こすことができるとしています 。

  第9巡回区控訴裁判所は、セクハラで告訴しようとした原告に仲裁を強制する命令を却下しました(Prudential Insurance Co. of America v. Lai)。同裁判所はこのケースでは、従業員が全米証券協会の合意書に署名するだけでは公民権法上の陪審による裁決権を放棄することにその特定の従業員が明確に同意したことにならない、という判断を示しました。 カリフォルニア州の控訴裁判所は、雇用者の側にだけ裁判所に訴える権利を保障しつつ従業員には仲裁条項で仲裁を強制するような(標準)雇用契約書を無効とする判断を下しています(Gonzalez v. Hughes Aircraft Employees Fed. Credit Union, 82 Cal. Rptr. 2d 526. Ct. App. 1999)。このケースでは、ヒューズ社側は、新たに入社する従業員に対して雇用の条件として「標準仲裁同意書」に署名することを求めました。この同意書は、従業員は内部の苦情申立てを扱う手続きにより判断が下された件に関連して、その判断が下された日から20日以内に結果が拘束力を伴う仲裁を申し立てるように規定していました。一方、会社側にそのような仲裁を義務付ける規定はありませんでした。同控訴裁判所は、このような規定は従業員側に契約の条件を交渉する権利を保障していない一方的な契約条項であり、「非良心的」(UNCONSCIONABLE)契約であり無効であるという判断を下しました。この場合、会社は新しい従業員が入社して2ヶ月たった時点で「標準仲裁同意書」に署名を求めたのです。

  アリゾナの州法の下(つまりアリゾナ州の裁判所の管轄下)で解決されるべき紛争の場合は、多少状況を異にします。アリゾナ州では、民事の場合紛争がおきると裁判所の方から一定の基準に従って(争っている額など)当該事件が調停・仲裁の対象とされるべきか決められます。ある意味では有無を言わさずに一定のカテゴリーの紛争については仲裁を強制することになりますが、アリゾナ州では仲裁の結果もし不満であれば、比較的自由に上訴して裁判所の判断を仰ぐことができるので、仲裁か裁判かという岐路がこのような上訴が極端に限られた場合(例えばカリフォルニア州など)よりも緩やかなものになっているといえるでしょう。 いずれにしても、雇用者としの会社が、労働協約、雇用マニュアル、従業員ハンドブック、個別の雇用契約などに「仲裁条項」を盛り込みたいと希望する場合は、このような判例、政策などにも十分注意を払い、内容的に仲裁に適した項目を「仲裁条項」の対象としたか、従業員の側に脅迫的な圧力を伴う「雇用条件」として強制していないかまたは強制していると解釈されかねないか否か、従業員の側に十分交渉の権利が与えられているか否か、明確で特定的・個別的な「仲裁条項」への承諾を得てしかもそれを文書で記録・保管しているか否か、「仲裁条項」に同意してもらうタイミングはまずくないか、などを十分考慮して注意を払いながら「仲裁条項」を規定してください。