2003年8月
今回は、米国市民権と社会保障の話をいたしましょう。「市民権を取った方がよいでしょうか。本当に市民とグリーンカードの人との間に実質的差別があるのでしょうか?」とよく質問されます。米国全体またアリゾナ在住の日本人は、私自身も含めグリーンカードを保持しつつ、数十年米国籍を取得しないままになっている例が多いのですが、このような質問は特にリタイアメント(退職)の年齢が近い人、既にリタイアメント年齢であり将来的に日本で暮らす可能性が低いと考えている人々にとって切実な疑問です。
端的に回答すると、「差別・区別はある」ということになります。今回の記事では、いろいろと差別・区別がある中でもソーシャル・セキュリティ年金、特にSupplemental Security Income(補助年金:SSI)、メディケイド(Medicaid)やその他の給付(フードスタンプなどを含む)に焦点を絞ってお話しましょう。
ソーシャル・セキュリティ年金は、最低10年間同プログラムに給与または自営業収入の中からソーシャルセキュリティ当局(社会保障庁)に納付を続けた者に一般的には65歳から支給されます(場合によりこの年齢は多少柔軟性があります)。この基本的年金の部分については、米国市民、永住許可者(グリーンカード所持者)との間で差別・区別はありません。また配偶者が死亡した場合に給付される遺族年金に関しても受給者である遺族の国籍による差別・区別はありません。
しかし、Supplemental Security Income (SSI)と呼ばれる低所得の高齢者、視力障害者、障害者向けのソーシャル・セキュリティ当局(社会保障庁)からの給付をみると米国市民であることを条件にしています。この給付は、低所得単身者・夫婦に対して収入が一定の水準に達するよう与えられる収入補助であり、現在ソーシャル・セキュリティその他の年金、利子収入などのみで、勤務による収入がない者の場合、月収が532ドル以下の単身者に対して月間552ドル、月収が789ドル以下の夫婦に対して月間829ドルを上限として給付されます(最終給付額は、州による上乗せ分がある場合もあるため、居住している州により異なります)。勤務による収入がある者の場合、受給資格は月収が1,109ドル以下の単身者、月収が1,623ドル以下の夫婦となります。この給付を受ける資格者は、多少の例外はありますが、基本的には米国市民であことを受給条件にしています。永住許可外国籍者の場合は、退役軍人、現役の軍人、連邦政府から社会保障給付を受けることなく10年間ソーシャル・セキュリティ費を毎月納入した記録を有する永住許可者が受給資格者となっています。例えば長年米国に居住していても市民権を取得することなく永住許可者として生活し、専業主婦であったために独自に社会保障費を納めなかった者はこの補助年金の給付を受けられないことになります。市民であればこのような制限は全くなく、この補助年金の給付は米国市民であれば「10年間社会保障費」を納付し続けたという受給資格条件もありません。SSIの受給者は同時にメディケイド(医療扶助)需給資格を得ます。
メディケイド(医療扶助)
メディケイドは65歳以上の低所得者、障害者(後者については65歳以下でも受給資格あり)に対し連邦・州両政府(50/50負担率)により運営される医療扶助ですが、運用の詳細は州政府に任されています。一般的に連邦政府は、米国市民であることをメディケイド受給者となるための条件としており、外国人は少なくとも米国に入国後最初の5年間はメディケイド受給者となることはできません。一方州政府は、非米国市民に対してメディケイドの給付をしないように連邦政府により法的に拘束されることはなく、州政府の独自の政策で永住許可保持の外国人を給付の対象とすることもできます。また、緊急の場合(病院の急患診療など)は、例外的に米国市民であるか受給資格保有外国人であるか否かを問わずメディケイドが適用されます。アリゾナ州その他メキシコと国境を接する諸州がこのような救急医療を不法滞在者の外国人に適用するために大きな費用負担を抱えていることは、皆様も新聞報道などでご存知のことでしょう。
メディケアにはこのような制限はなく、一般的に本人または配偶者が最低10年間メディケア費を給与または自営業収入から納付すれば、特定の年齢(65歳)に達した場合、また一定の障害者としての条件を満たした場合は65歳以下でも、米国市民であるか永住外国人であるかを問わず受給資格が生じます。メディケアの受給者であっても、特定の低所得者としてのカテゴリーに入る者は、メディケイドの受給資格を満足している場合は、メディケアの自己負担分の額をメディケイドから受給することができます。
フードスタンプ(食料切符)
フードスタンプも低所得者に対する栄養面からの扶助ですが、この制度の適用を受けるための条件はSSIの受給資格条件とほとんど同じです。SSI受給者は自動的にフードスタンプ受給資格が生じます。つまり、一般的には米国市民が対象となり、永住許可保持外国籍者は受給対象になりません。
以上、やはり米国籍者と永住許可外国籍者との間には差別・区別が存在します。米国市民にとっては国民としての権利として保証されている様々な社会保障受給の権利が、永住許可者であっても外国籍者には完全には保証されておらず、法の適用次第で「適用」、「一部適用」、「例外的に適用」、「非適用」と揺れ動く可能性が大であるということがわかります。特に現状のように連邦政府、州政府が膨大な赤字を抱え、出費を抑えようと努力をしている時代には、法的に多少弱い立場の永住許可外国籍者の既得権利(許可?)がさらに縮小する可能性もあります。
以上は社会保障面からの議論でしたが、移民法上も大きな差別が残っていることをお忘れなく。刑法上の重罪に当る罪状で有罪となった者は永住許可者でも刑期が終了後強制送還となる可能性があるということです。つまり、米国に居住する権利も米国市民であれば永久的であり強制送還の対象とはなりえないのですが、永住許可者であれば米国に居住する「権利」実は正確には無条件の権利ではなく制限されたものであり、国の政策、法の適用によりいつでも「許可撤回」となる可能性があるということをお忘れなく。
結論としては、米国に「永住」することを考えているグリーンカード保持者は米国籍を取得する方向で考え行動した方が、多少なりとも将来の不安を解消する助けとなるようです。その場合には、以前のオアシスの記事でも書きましたように、二重国籍を保持するという方向で対処するのがよいでしょう。これもよくある質問ですが、米国は法的に二重国籍を禁止していません。