2000年6月

  今回は、日本の税理士である染谷育子氏に登場していただきました。染谷育子氏は、企業、個人の税務上の手続きを代行し、またいろいろな税務、相続などの相談にも応じています。私も日本での税務に関してお世話になっています。相続に関しては、これまでいくつもの相続の案件を解決した経験に基づいて個別の状況に関するアドバイスなども得ることができますし、相続処理そのものを担当していただくこともできます。地方出張も可能です。連絡先は、(郵便番号215)川崎市麻生区千代ヶ丘4-21-53、染谷育子税理士事務所で、電話番号044-954-9777、ファックス番号は044-954-7397です。E-mailアドレスは、someya22@bg.mbn.or.jpです。相続または日本国内での税務などアドバイスをお望みの方は、私経由でも、また染谷氏に直接e-mail、電話などでご相談いただいてもどちらでも結構です。
今回は、日本における相続の基本的概念や法律について解説していただき、次回に具体的に相続財産(本来の財産および相続税法上相続財産とみなされるもの)や債務、その評価方法などについてお話いただくことにしましょう。次回までに、今回の記事をお読みいただいた感想、特定の個別的な状況に関するご質問などをお寄せいただければ、次回の記事にその回答も合わせて解説いたします。


 今回の記事は、染谷氏に書いていただいた基本的な内容に私がコメントし最終的にまとめるという方法で作成されました。


相続の開始


 相続は、人の死亡により開始されます。この死亡を原因としてその者(被相続人)の権利義務(土地や建物等の積極財産と借入金の返済等の消極財産)が、被相続人と身分関係をもつ者(妻や子等、以下相続人という)に承継することになります。日本では、民法により相続人となる順位が決まっています。


相続分


 相続人が数人いて、共同相続になる場合、各相続人の相続分を民法で定めています。これは、積極財産が相続されるのみでなく、消極財産についても順位、割合に応じて負担することになります。具体的には、(1)配偶者と子の場合:配偶者が1/2で子が1/2(全員で)、(2)配偶者と直系尊属の場合:配偶者が2/3で父母が1/3(この場合、兄弟姉妹がいても父母のどちらかが生きていれば相続権なし)、(3)配偶者と兄弟姉妹の場合(つまり父母はすでに亡くなっている):配偶者は3/4で兄弟姉妹が1/4(全員で)となります。


 (2)と(3)は、子どものいない夫婦の場合に重要な意味を持ちます。例えば、住宅を唯一の遺産として夫が亡くなった場合(日本では不動産は、圧倒的に夫の名義です)、残された妻が借金をして夫の父母や兄弟姉妹に1/3または1/4の遺産(家の価値)分を支払うなどという状況も、実際に起こることがあるようです。この場合、兄弟姉妹のみがいる場合は、遺留分がないので、夫が「妻を全ての財産の相続人とする」という遺言を生前に作成することにより、このような事態を避けることができます。父母のうちどちらか、または両方が生きている場合、夫が「妻を全ての財産の相続人とする」という遺言を生前に作成しても、遺留分が1/3の1/2あります。


相続の承認および放棄


 相続人(相続する者)は、相続開始の時から被相続人の財産上の一切の権利義務を承継することになります。この場合、相続人は相続受諾(単純承認または限定承認)又は拒否(放棄)の選択をすることができます。限定承認又は、放棄をする場合は相続開始を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に申し出なければなりません。


1. 単純承認:単純承認とは、無限に被相続人の権利、義務を承継することですが、ほとんどの場合がこれに該当します。
2. 限定承認:限定承認とは、相続人が相続により得た財産を限度として相続人の債務及び遺贈を弁済することを了解して、相続の受諾をすることを意味します。限定相続は、相続財産や債務がどれだけ出てくるか分からない状況の時などに選択することがあります。限定承認は、共同相続人の全員が共同(同意)してのみ行うことができます。
3. 放棄:放棄は、被相続人の権利義務をすべて放棄するということです。被相続人の資産よりも負債が多い場合や、限定承認をしたいけれども相続人の一部の人が反対する時などにこれを選択することがあります。相続の放棄は、限定承認と異なり相続人全員が共同でする必要はありません。相続を放棄した者は、その相続に関しては、始めから相続人でなかったこととみなされます。相続分は放棄者を相続人の数に入れないで算定することになります。


 ここで一つ注意したい点は、この限定承認や放棄という行為が、事前には行われず被相続人の死後に行われるという点です。親の生きている間に、親が子達(兄弟姉妹)の中でその内の一人のために特別に子の借金の返済、子に家を買い与えるなど半ば「生前贈与」のような形で「兄弟姉妹で相続するであろう」財産の相当に大きな部分を費やすというような場合があります。そして他の兄弟姉妹は、「あれはもう相続すべき分以上に親の財産を消費してしまったのだから、もう相続分はない」と思っていることもあるでしょう。この場合、費やされた額についての証拠(領収書、銀行振り込み用紙のコピー、贈与を行った親と受けた子の両方の署名入りの証書など)がないと、当の贈与を受けた本人が辞退しない限り、法律に則った相続分としては子等の間で平等に遺産相続できることになってしまうことがあります。また遺言などで被相続人がすでに特別に贈与を受けた者に対して贈与を受けた分を除いて相続するようにという旨定めておかない限り(「相続分なし」と定めておいても、遺留分がありますが)、この者が他の兄弟姉妹と同等に相続分を相続すべきであると主張する場合にそうなることもあるでしょう。通常は、実際に贈与を受けた証拠があれば、相続分を決める場合にそれが考慮の対象になり、「生前贈与」を受けたものとして、本来の相続分からすでに「受け取った」部分を除いて相続することになります。被相続人の死亡後に、このような状況が公平感をもって解決されずに、兄弟姉妹間で問題になったり争いの原因、訴訟の発端になることも多いようです。事実関係を証拠として文書化して保存しておくことが大切です。


遺言


 遺言とは、人が遺言により自分の財産等をその死後自由に処分することができるという制度です。つまり遺言者の死後、遺言で定められたとおりにその法律行為が実現することを保障するものです。ただし、一定の方式に従って行われないと不成立又は無効とされる法律行為です。


遺留分


 民法では遺言自由の原則が認められ、被相続人は自分の財産を遺言によりその死後自由に処分できるとするのが建前ですが、一方近親者の利益を保護し、被相続人の死亡後の遺族の生活を保障するために、相続財産の一定部分を一定範囲の遺族のために留保させる制度です。


相続税の課税


 相続税は相続又は遺贈により財産を取得した場合、その取得した財産にかかる税金です。ここで興味深いことは、米国の場合、人が亡くなると、「遺産税」という形で亡くなった人の財産に課税され、全て納税が行われた後に相続人に遺産が承継されるという方式が採用されているのに対し、日本の場合には相続人が相続する財産について課税されるという点です。つまり、納税する主体が異なっています。米国の場合は死亡者の「Estate:遺産」管理者が納税義務者であり、日本では相続人が納税義務者です。


その納税義務者は無制限納税義務者と制限納税義務者に区分されます。
1. 無制限納税義務者:無制限納税義務者は、相続又は遺贈により財産を取得した個人で、その財産を取得した時に日本国内に住所を有する者です。その者については、日本国内、国外を問わずすべての財産について相続税が課せられます。
2. 制限納税義務者:制限納税義務者は、相続又は遺贈により日本国内の財産を取得した個人でその財産を取得した時に日本国内に住所を有しない者です。その者については、日本国内にある財産について相続税が課せられます。


 ここで注目していただきたいのは、基準が国籍ではなくあくまで居住国であることです。


 今年の4月までは、上記1と2が納税義務者の区別でしたが、4月に「租税特別措置法第64条」に創設された「相続税の納税義務者の特例」により、これまで相続税及び贈与税が課税されなかった海外在住者が、日本国外にある財産を取得した場合でも、一定要件のもと、課税されることとなりました。この法律は、特に制限納税義務者として、私たち米国に居住する者にとっては、大変関わりが深い法律です。皆様の中には、ご両親が日本に居住されており、いずれ財産の相続の問題が起こるという状況におられる方も多いことでしょう。日本国内にある遺産に関しては日本に居住する者と同じ扱いを受けることになりますから、比較的簡単に理解できます。しかし、今後、この新「特例」により海外居住者が国外にで相続した遺産にどのように日本の税法が及ぶのか興味がおありになることでしょう。米国で相続する家や銀行の預金なども日本の相続税の対象になるという内容ですから、その実施が具体的にどうなるのか気になるところです。しかし、現時点では、この「特例」の内容、特にその実施方法が不明瞭です。海外にある資産(特に不動産など)の評価方法についても明確に提示されていません。今後この新「特例」の実施方法、基準についての討議の結果が判明した時点で、適宜にお知らせします。


 現時点で、一つ言えることは、新「特例」の制定にもかかわらず、実施としては少なくともここしばらくは、これまでと同様に制限納税者としてのこれまでの取り扱いに似たものになるということでしょう。日本の税務当局は、海外にある資産、金融資産などをどのようにして正確かつ公平に把握し、どのような基準で評価し、しかもそれを日本国の課税対象として実際の取り立てを実施する計画なのでしょうか。大きな疑問が残ります。例えば信託に設定されている資産などは、課税対象とするのでしょうか?海外諸国との法的な矛盾が起こった場合にどちらの法律を優先しようとするのでしょうか?例えば、米国において日本の税法が米国の連邦法(遺産税法)や州法に優先して適用されるとは考えにくいでしょう。相続税申告の手続き
相続税は、相続開始後10ヶ月以内に申告及び納税をすることとなっています。その手続きの手順は下記のとおりです。


相続の開始: 被相続人の死亡 死亡届の提出(7日以内)


     葬儀 葬式費用の領収書の整理と保管
 遺言の有無を確認 未開封のまま家庭裁判所の検認を受け
 るため提出
 未成年者について特別代理人の選任
 遺産分割協議の準備
 相続人の確認
3ヶ月以内  相続の放棄又は限定承認 家庭裁判所に申述
4ヶ月以内   被相続人の所得税の申告納税 被相続人が死亡した日までの所得税
なるべく早く  被相続人の遺産を調べる
 遺産の評価
 各相続人が取得する財産の確定
 遺産分割協議書の作成
 相続税の計算
 納税資金の調達
 相続税申告書の作成
10ヶ月以内  相続税の申告、納税 被相続人の住所地の税務署
すみやかに  遺産の名義変更手続き


 次回は、遺言についても解説しましょう。遺言には私的に作成されるものと公証人に作成してもらうものと二種類あります。それぞれの特徴と効果の相違点、注意を要する点などについて述べます。具体的に人が亡くなると銀行口座の問題、年金の問題、お墓の問題などいろいろと具体的に処理しなければならないことも沢山あります。次回は、財産の評価方法などと共にそれらについても説明します。どうぞ質問、感想、コメントをお寄せください。