2015年7月

 日本のパスポートについて最近「国際結婚を考える会」のオンライン意見交換で話題になった問題についてお話しましょう。

 皆様の中には日本のパスポートについてどのような記載があるか調べてみたことがある方もあるでしょう。米国やドイツのパスポートには「出生地(Place of Birth)」の項目がありますが、日本のパスポートでは出生地ではなく「本籍地」(日本のパスポートの本籍地の英語訳はRegistered Domicileとなっています。)

 最近、ドイツ在住の日本人が郵便局などで出生地の記載がないためにインターネットバンキング用に日本のパスポートを身分証明書として使用できなかったという事実が話題になりました。本来なら身分証明書として優先順位が高いはずの「日本国」という独立国家が発行したパスポートが「出生地」の記載がなかったために身分証明としての機能を果たさなかったという事実は、ご当人たちにとって相当なショックであったはずです。旅行者・短期滞在者としてある国に滞在中何らかの理由で身分を証明する必要があった場合、パスポートを証明手段として使用できないのであれば、他にどのような自分証明書があるでしょうか?日本語で書かれている運転免許証は恐らく身分証明書としては使用できないでしょう。米国の運転免許証であれば、万国共通語といわれる英語で書かれているので、より多くの諸国でパスポートより優先順位は低いものの身分証明書として使用できる可能性はより大きいということは言えるでしょう。

 私自身、こんなオンラインの議論を読み、日本のパスポートには「出生地」ではなく「本籍地」が記載されていることに改めて気づきました。そして、パスポートに「本籍地」が記載されるのはなぜかということを今一度考えましたが、これと言って理論的に納得できる理由は見当たりません。本籍地が現在のように簡単に変更できるようになる以前は、「本籍地」というのは一応、ある家族の出身地を示すという意味があったと思います。そういう意味で出自(出身地?)を示すために重要な情報であったという歴史的事実はあります。

 しかし、現在では本籍地は本人が希望すればいつでも何回でも変更できます。私も日本に住んでいた時には、戸籍制度や本籍地制度に疑問を持ち、独身であったにもかかわらず、「親の戸籍から独立したい」という理由で分籍して自分が「戸籍筆頭者」になって喜んだり、戸籍の意味をなくそうと、引っ越す度に住民登録の住所と戸籍の住所が一致するように本籍地を複数回変更したりしていました。つまり、自分の父の戸籍は代々XX県であったものの、現在は私の本籍地は一時居住したことがあるという関係性に基いて「XX市」になっているのです。

 ここまで来ると、本籍地は私の出自にも、家族の代々の出身地でもなく、出生地とも全く関係がない場所になっているのです。私のパスポートを見ると、この本籍地は神奈川になっています。これは住所ではなく「神奈川県」を指しているわけで通常出生地として書く都市名とは異なっています。偶然、私の出生地も神奈川県ですが、私のパスポートに記載されている項目は出生地ではなくあくまでも本籍地を示しているのです。このようにある意味では何の関係性も示さない可能性がある形骸化した「本籍地」をパスポートに記載する意味はほとんどなさそうです。それでは何故、日本のパスポートには本籍地が記載されているのでしょうか?

 しかも、「本籍地」の英訳は「Registered Domicile」となっているので、日本語はほぼ完全に読めないであろう、諸外国の政府当局(地方の市役所なども含む)の役人は英訳でしか各項目が何を意味しているのか理解する手段がありません。通常Domicileという言葉は実際に住んでいる場所かまたは今は一時的に別の場所(別の州や国も含め)に住んでいるが、将来は戻って来ようと自分が考えている場所(州など)を意味することが多いのです。例えば外国に住んでいる米国人がIRSに税申告する際に記する住所または外国に住んでいる間でも有権者登録をしており不在投票が可能になる州などもDomicileという用語で表現できる場所となるわけです。ですから、現在の住所を知りたい当局の役人には、Registered Domicileというのは「現在住んでいる住所」と解釈される可能性が大でしょう。Registered Domicile「出生地」と解釈する人はほとんどないでしょう。

 このように身分証明書として使用できない可能性がある日本のパスポート、本籍地という形骸化した項目を記載するより、出生地の都市名と国名(すなわち、日本国東京など)を記載する方がより合理的ではないでしょうか。

 みなさんはどう思われますか?この件について外務省にパスポートの記載項目を変更するよう要望しようという動きもあるようです。