2000年8月
今回は、米国での子供の出生に関するお話をいたします。米国での暮しを続けている間には、結婚、子供の誕生などの出来事が起こります。生まれてきた子供に日本の国籍を継承させたいと望む場合も多いことでしょう。具体的にはどのように国籍を継承させればよいのでしょうか。子供の一生にかかわることですから、正しい知識を持ち、時間切れになったり、誤った手順を踏んだりしないように気をつけたいものです。
日本国国籍法
日本の国籍法は、日本国民たる要件を、
1)出生によるもの、
2)準正によるもの、
3)帰化によるものに分けて次のように定めています。
(出生による国籍取得)
第二条 子は次の場合には、日本国民である。
1. 出生の時に父または母が日本国籍であるとき。
2. 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国籍であったとき。
3. 日本で生まれた場合において父母がともに知れないとき、または国籍を有しないとき。
米国で出生した子供が日本国籍を取得する場合には、ほとんど第二条の1の要件を満たす場合でしょう。この第二条は1984年に改正されたもので、それ以前は、「1.出生の時に父が日本国籍であるとき」となっていました。つまり、家父長制の名残で、日本人男性(一家の家長)にしか日本国籍を子に継承する資格が与えられていませんでした。日本人の女性と外国人の男性が結婚した場合、二人の間に出生した子どもたちは、男性の側の国籍しか継承できませんでした。このために、夫と共に夫の国で生活している日本人女性のほとんどが、自分ひとり日本国籍を保持して暮らすか、または夫の国の国籍を取得して「家族全員が夫の国の国民」になって暮らすかのどちらかでした。当時日本に住んでいた国際結婚をした日本人女性たちは、「外国人」の夫と子供たちと共に日本で暮らしていました。自分の子どもたちは、夫と同様に「外国人登録」をし(戸籍ではなく)、「外国人登録証」をどこに行くにも携帯する義務を負わされていました。子供の就学時期になっても、地域の教育委員会から「入学の案内」をもらうこともなく、公立学校への入学も権利ではなく「ご好意で」させてもらう身分でした。沖縄では、米軍人から「置き去り」にされた日本人女性(結婚している場合もしていない場合も)たちが「無国籍」の子どもたちを抱えて苦しんでいました。この子供たちは、日本国内で無権利状態であるばかりでなく、無国籍であるためにパスポートを取って外国に出てゆくこともできませんでした。日本人の母たちは、米軍人が父親として認知し子の出生届けを出してくれない限り、自分の子どもたちのために米国籍も日本国籍も取得してやることができなかったのです。また「帰化」という方法で日本国籍を取得しようにも父親である米軍人が行方不明で(この中にはベトナムで死亡したり、行方不明になった米軍人もありました)、必要書類を揃えることもできませんでした。
このような状況に対する憂いと日本人女性に対する差別への怒りから、「国籍法改正運動」が展開され、日本国政府が国連の「女性に対するあらゆる差別撤廃条約」に調印しこれを批准すると同時に日本国国籍法も改正されることになりました。当時の国会の答弁で、現職の外務大臣が「外国人と結婚した日本女性は、夫の国で暮らすのが当たり前だ..(だから日本国籍はいらない)」というような発言をし怒りを買ったことを思い出します。この国籍法改正のおかげで、1984年の法改正と1985年1月1日の同法施行との間に出生した我が家の娘も出生と同時ではありませんでしたが(施行前であったため)、生後6ケ月以内に山のような書類を揃えて何回も遠方の役所に通った結果、期限付き特別措置の適用を受けて帰化によることなく日本国籍を取得することができました。
では、現在の日本国国籍法の下で、具体的にどのような手続きと手順を踏むことにより日本国籍を米国で出生する子のために取得するのでしょうか。日本で出生した子に関しては、父か母が区役所に出生届けを提出すると、自動的に戸籍に子がその続柄(嫡出の場合には長男とか長女とか)と共に記載され、それが同時に日本国籍取得になります。皆さん戸籍というものこそ日本国籍の証であることをご存知でしたか?外国人には戸籍がないのですよ。日本人と結婚した外国人の夫には戸籍は存在せず、代わりに「外国人登録証」がその人の日本での法律的な存在とステータスを証明します。外国人と結婚すると、日本人の戸籍には外国人の配偶者と結婚したという事実が、本文枠外に(おまけのように)記載されます。外国人には住民票もありません。このために、娘の誕生間もないころ当時日本に住んでいた我が家に、社会福祉事務所から「お宅は母子家庭ですよね」と訪問員が訪ねてきました。
米国で出生した、父か母が日本国籍である子の出生届けは、「戸籍法」第4章第2節第49条に次のように規定されています。
戸籍法 第4章 届け出 第2節 出生第49条
出生の届け出は、14日以内(国外で出生があったときは3箇月以内)にこれをしなければならない。届書には次の事項を記載しなければならない。
1) 子の男女の別および嫡出または嫡出でない子の別
2) 出生の年月日時分および場所
3) 父母の氏名および本籍、父または母が外国人であるときには、その氏名および国籍
4) その他命令で定める事項
3. 医師、助産婦又はその他の者が出産に立ち会った場合には、医師、助産婦、その他の者の順序に従ってそのうちの1人が命令の定めるところによって作成する出生証明書を届書に添付しなければならない。
戸籍法第52条は、嫡出子出生の届け出は父または母が行い、子の出生の前に父母が離婚した場合には母が行い、嫡出でない子の場合には母が届け出をすると規定しています。
具体的な届け出の方法については、日本国大使館の広報によると、出生届けには出生国(この場合は米国)の出生証明書をその日本語翻訳文とともに添付するよう指示されています。3ヶ月以内に適正な書式による出生証明書が取得できない場合、出産に立ち会った産科医師に証明してもらうこともできる、とあります。しかしこの場合は、日本国大使館または領事館などで所定の書式の用紙を受け取りそれに書き込みおよび署名してもらうようにと指示しています。
では、3ヶ月以内に届け出をしなかった場合にはどうなるのでしょうか。外国で出生した日本人の子の場合、そして、その出生国で出生によりその国の国籍が取得できる場合(米国での出生はこの場合にあたります)、3ヶ月以内に「日本の国籍を留保する」という届け出(これが大使館に提出する「出生届け」です)を出さない限り、その子は例え父か母が日本人であっても日本国籍を取得できません。子どもの出生の直後というのは、猫の手も借りたいほど父母ともに忙しく疲れ果てているのが常ですが、その状況に負けて「出生届け=日本国籍留保届」の提出を忘れないようにしてください。
では、いろいろな事情で3ヶ月以内に「出生届け=日本国籍留保届け」と提出せず、日本国籍を取得できなかった場合は、どうしたらよいのでしょうか。もちろん、「米国国籍があれば十分、将来も米国で暮らすのだから日本国籍はいらない」、と考えている方の場合には何もする必要はないことになります。しかし、「日本国籍を出生のときに留保し損ねたけれども、やはり取得したい」と考える場合には、どうしたらよいでしょうか?
日本国籍の取得には、出生時の取得とは別に「帰化」という方法もあります。日本国の国籍法第四条は、法務大臣の許可があれば外国人が帰化により日本国籍を取得できる、と規定しています。帰化のための条件としては、国籍法第五条は、1.引き続き日本に5年以上住所を有すること、2.日本国民であった者の子〈養子を除く。〉、3.素行が善良であること、4.自己または生計を一にする配偶者その他の親族の資産または技能によって生計を営むことができること、5.国籍を有せず、または日本の国籍取得によってその国籍を失うこと、〈以下略〉などと規定しています。
つまり一定の条件が揃えば日本国籍の取得は「帰化」という手段でも可能であるわけですが、出生による日本国籍の取得とは決定的に異なります。まず第一に、「帰化」は権利ではなく、あくまでも「法務大臣の裁量」で決められるということです。条件が揃っても「帰化」を許可しなければならないという規定はどこにもないのです。そして、日本の法律の運用は「裁量」の部分が大きければ大きいほど、実際に何を基準にして決定が下されるのか不明な部分も大きくなるのが常です。また5年以上日本に居住するという条件を満たすためには家族全員で日本に戻って5年以上暮らさなければならないことになりますし、5.の条件を満たすためには、せっかく出生により取得した米国籍を捨てなければならないことになります。出生による米国籍・日本国籍の両方の取得とは条件において雲泥の差になります。
結論的には、「届け出=日本国籍留保届」を期限内に、記載や添付書類漏れないように提出するのが、最も簡単で効果的な日本国籍取得手段であることに間違いありません。生まれてくる子供たちの将来のオプションをできるだけ広範囲に確保しておくためにも、新父母のみなさま届け出をしっかり正確に期限内にいたしましょう。
次回は、こうして米国で出生し、父母の努力の甲斐もあって米国と日本の二重国籍者として育っている次の世代の将来を考え、二重国籍の問題に取り組んでみましょう。お楽しみに。