2016年7月
暑い暑い夏が続いています。皆様いかがお過ごしでしょうか。
3月号では何とも不思議な日本国最高裁判所の判決について書きましたが、「再婚禁止期間(6か月)」(民法733条1項)について100日については合憲という判決が出たことを覚えていらっしゃる方もあるでしょう。
今回は、直接再婚禁止期間についての事件ではなく、結婚期間中にドメスティックバイオレンス(DV)があったために当時の夫と別居しているうちに実父となる別の男性との間に生まれた子について、戸籍上の夫と親子関係がないということを法的に認めさせることができず、そのまま出生届けを出せば戸籍上の当時の夫の子供となってしまうために出生届を出さないままになってしまい、子は無戸籍、つまり無国籍のままに育つことになり、その子の子(孫)も引き続き無戸籍無国籍になってしまった当事者が国を相手取り「男性の側からのみ提出可能な「嫡出の否認」の制度が男女平等を規定する日本国憲法に違反するものである」として損害賠償を求め提訴したという事件について書いてみます。この当事者は兵庫県内の60代の女性とその子と孫たち4人です。
この原告の60代の女性は、子供が出生した年にはドメスティックバイオレンスのために戸籍上の夫とは別居中でした。そこで出生した子の実父を父とする出生届けを提出しようとしたところ、戸籍上の夫がいるために提出を拒否されることになりました。この女性は選択肢として夫と連絡する必要がない「嫡出否認」届けを出そうとしましたが、男性側のみが「嫡出否認届けを提出でき、しかも子の出生を知った日から1年以内に届け出なければならない」という民法774条の規定により受理されず、その子は無戸籍・も国籍となってしまいました。その後、この女性は当時の夫と離婚しましたが、離婚後も子どもの戸籍・国籍を取得するための手続きが難しく、無戸籍・無国籍の状態が長期にわたり継続しました。ちなみに日本国内で生まれた子については、出生届けは子の出生後14日以内に区役所・市役所などの戸籍係りに届け出をしなければならないという規定になっていますので、こちらの方も届け出可能な期間が極めて短く限定されています。この女性の場合、複雑な状況であったため、この限定期間も出生届けができないままに過ぎてしまったのです。
妻が父子関係を否定するには、親子関係不存在確認の訴えを起こすことも可能ではありましたが、夫婦の実態がないことを証明する必要がありました。また子が実の父親に認知を求めることも理論的には可能でしたが、離婚後にその手続きを裁判所を介して行おうとした際に、裁判官に「元夫から話を聞く必要がある」といわれドメスティックバイオレンスのために連絡を絶っていた元夫との接触を避けたいと考えていた原告はこれらの手続きも断念したという経緯がありました。
原告側は、上記民法774条の規定がなければ、つまり当時の夫以外の妻または子が嫡出否認の届けをすることができていれば無戸籍・無国籍の状況を招くことも、その状況が長期にわたり続くこともなかったし、子の立場から明確に不利益を被ったという立場で上記民法774条が「法の下における平等」を謳う憲法14条および、「家族に関する法律は個人の尊厳と両性の平等に基づいて制定される」と規定する憲法24条違反であり、損害賠償を国に求める根拠があると主張しています。
この事件を原告の弁護士として担当する作花弁護士は3月号で報告しました「半年間の再婚禁止期間を規定する法律は憲法違反」として国を相手取って裁判を起こした女性の弁護も担当しましたが、今回の事件について「男性中心の家制度を重んじた時代遅れの規定が放置されており、改正が必要である」と述べています。
法務省によると、6月10日現在で、日本国内には無国籍の人たちが686人いるということです。「婚姻中に女性が妊娠した子は戸籍上の夫の子」また「離婚から300日以内に生まれた子は前夫の子」と定めており(嫡出推定)、元夫の子とされることを回避するために出生届けを出さないという選択をする女性たちも相当数存在し、これが無戸籍・無国籍となる子たちの数を増やす原因の一つとなっているようです。
みなさまもご存知のように、戸籍がないということは日本では、通常の住民として国民としてのサービスを受けるための前提となる住民登録もできないということ、そして戸籍や住民登録ができないということは日本国のパスポートを取得することもできず、同じく憲法で保障される「移動の自由」という基本的人権に関わる権利も侵害された状態が継続するということを意味しています。
このように無戸籍・無国籍の人たちを生み出す原因となる、民法上の不合理、時代錯誤的な規定は当然見直すべきという意見も多く出てきているようです。私もこのような矛盾や基本的権利の侵害を生み出す民法上の規定は今回問題になった規定のみでなく、民法そのものを全般的に検討し直し、時代錯誤であるか否かまた無権利状況を生み出すか否かという観点から改正すべきと思う一人です。みなさまはどう考えますか?
この記事は、朝日新聞デジタル6月20日付け記事を参考にしました。
先月号の記事についての訂正:日本国内で「海外で出生した日本人の子」について出生届けを提出する期限についての記載ですが、「14日以内」としたのは誤りで、海外で生まれた場合は日本国内の届けでも海外での出生届け出と同様「3か月以内」というのが届け出期限となります。(世田谷区役所に確認済)その場合も、海外での届け出の場合と同様、出生届け提出時に「日本国籍を留保する」と出生届け出書の「その他」の蘭に書き込むことをお忘れなく。これを怠ると、海外ででの出生を海外の領事館などに届け出る時と同様に「出生の時まで遡って日本国籍を失う」ことになりますので、十分ご注意ください。