2004年6月
 

 読者のみなさまの中には、日本と米国を常に往復したり、以前に日本で暮らしていたが現在は米国で暮らしている(永住または一時的)、数年間米国において駐在員として勤務した後に日本に帰国する予定、定年退職後にリタイアメント・ライフを米国で過ごすことを決めた方々など、さまざまな理由で日米両国の社会保障、特に年金に関心をお持ちの方々も多いことでしょう。2004年2月20日に日本政府が署名した「社会保障に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(通称「日米社会保障協定」:U.S. and Japan Bilateral Social Security Agreement)は、厚生年金・医療保険の加入権・義務、給付を受ける資格要件などについて大きな変化をもたらすことになります。


 新協定がもたらす変化についてはすでにご存知の方も多いかもしれませんが、ここでもう一度確認してみました。制度の法的変更は同協定により成立しますが、改正条項が実施されるのは、国内で同協定を国会が承認し、実施特例法成立後の2005年となる見込みです。(「社会保険旬報」2004年3月1日発行No.2200-04)なお、同様な協定はこれまでに、日独、日英間でも締結されています。


 この協定が成立する以前は、日本国と米国の社会保障・医療保険関連の法律・運用制度の相違から、厚生年金掛け金の掛け捨て、二重払いなどの問題が存在しました。日本の厚生年金は25年加入期間がないと給付を受ける権利が実現できません。この25年という加入期間は、特例として海外滞在期間は「空期間」として「加入していたものとみなされる」という規定があるために、20年日本で加入して6年間米国に滞在した場合でも、日本で26年間加入したものとみなされて20年間支払い続けた掛け金に応じて年金の給付を受けることができます。しかし、このような場合も、米国で6年間ソーシャルセキュリティに掛け金を払い続けていたとすると、この分に関しては、日本に帰国する際に「掛け捨て」となってしまい、将来日本で年金の受給を開始しても、日米いずれの社会保障関連の当局からも年金を受け取ることができませんでした。米国に関しては、ソーシャルセキュリティ年金を受給する資格を得るためには10年間掛け金を払い続ける必要があるからです。日本に一時的に滞在して税金を支払い厚生年金の掛け金を強制的に負担させられた外国人が、日本から自国に帰国する際にも同様の「掛け捨て」の問題が生じていました。


 日本と米国の社会保障制度の相違がもたらす「無駄」でしが、上記のような「掛け捨て」を予防する手段は、日米いずれの法律および日米間の協定・条約でも手当てまたは保証されていませんでした。「掛け捨て」の部分(つまり日本側から見ると外国に滞在していた日本人の「空期間」が将来の本人の年金減額(「空期間」がなかった場合と比較して)という結果をもたらすことがないように、通常、日本の企業は米国に一時的に駐在員として滞在する従業員に対して、社会保障関連費用を日米で同時二重払いしていました。


 今回の「日米社会保障協定」の成立により、このような状況は大きく改善されることになりました。
まず第一に、年金給付の資格要件である加入期間ですが、日米のそれぞれの必要加入期間はそのまま変わらないものの、両国でいずれかの社会保障制度(日本においては、国民年金(国民年金基金を除く)、厚生年金保険(厚生年金基金を除く)、国家公務員共済年金、地方公務員等共済年金(地方議会議員の年金制度を除く)、私立学校教職員共済年金)、に加入していた期間を通算できるようになりました。


 上記の例でみると、20年間日本の厚生年金に加入した後米国で6年間ソーシャルセキュリティに加入した者の場合は、通算して日本の厚生年金制度に26年加入したことになるということです。「空期間」も「みなし規定」も必要なくなるという意味で、よりユーザーフレンドリーで明確な運用になりました。実際に年金の受給開始後は、日本の厚生年金の部分と米国のソーシャルセキュリティの部分を両方合わせて日本の社会保険庁から受け取ることができるようになります。具体的にどのような手続きをすれば両方合わせて社会保険庁から給付を受けることができるのかはまだ明確ではありませんが、原則としてこのような給付が可能になったということは喜ばしいことです。


 第二の重要な点は、米国に滞在する期間が5年以内であれば、米国でソーシャルセキュリティに加入する義務はなくなり、日本の厚生年金・健康保険制度にそのまま加入し続けることができるという点です。また、滞在途中で5年を超えて滞在することになった場合は、最初の免除を5年以上の期間まで延長することも可能です。通常は、5年を超えて米国に滞在する場合は、米国のソーシャル・セキュリティ、メディケアなどの制度に加入し、後に日本での社会保険加入期間と通算することになります。なお、今回の協定発行前に米国のソーシャルセキュリティなどに加入していた場合も、将来通算の対象になります。米国のソーシャルセキュリティ加入期間を日本の社会保障制度加入期間との通算の対象とするためには、最低6四半期(1年半)前者に加入することが必要です(米国大使館プレス・リリース2004年2月20日号)。


 上記「社会保険旬報」2004年3月1日号によると、この協定による変更後、日本側は年間600億円の保険料が免除される計算となります。また、同協定による給付の支払いは、日本円または米国ドルのいずれの通貨でも受けることができます(同協定第13条)。