2001年12月

 
  10月号は多忙で記事を書くことができず、お休みになってしまいました。何人かの方から「どうしたのでしょうか。もう記事を書くのを止めてしまったのですか」「いつも楽しみに読んでいたのに、どうしたの」という問い合わせをいただき、お顔が見えないながら沢山の方々に読んでいただいていることを再確認し、大変うれしく思いました。いつもご愛読ありがとうございます。「SILENT READERS」としてお読みいただくばかりでなく、「対話式」にいろいろ質問などをお寄せいただければ幸いです。時々留守電に残されたメッセージの電話番号が聞こえにくくてお返事ができないこともあります。「知らん顔」していて返事がないようなことがありましたら、懲りずにもう一度ご連絡ください。電子メールでも結構です。


 今回は、米国の独占禁止法とその「域外適用」について考えてみましょう。日本から見れば外国の法律である米国の独占禁止法(反トラスト法)は、日本の会社、従業員にどのような効果を持つのでしょうか。これまで私もいくつかの独占禁止法(反トラスト法)の刑事捜査、民事裁判をみてきました。司法省、FBIの捜査、証人の証言録取、連邦取引委員会での公判、連邦裁判所での公判などが絡むこれらのケースにおいて、沢山の会社、従業員が捜査の対象となったり、実際に有罪になり、相当期間禁固刑になったり、免責を保障されて別の被疑者に不利になる証言をしたりします。これらの人々の中には、それまで米国に来たことも、米国で自社製品を販売したこともないような者もあります。場合によっては、技術関連のコンベンションに渡米したところ会場で司法省とFBIに取り調べを受けたり、逮捕されるというようなことも起こりえます。日本に住み、勤務している日本人が米国の独占禁止法「域外適用」により、同法違反で被疑者となったり、「重要参考人」になったり、刑事罰有罪になったりするのです。どうしてそんなことになるのでしょうか。誰でも素朴な疑問を抱くでしょう。


 米国の反トラスト法は、いつくかの法律が組み合わされて効果をもたらします。例えばシャーマン法(15 U.S.C. s.1)は、国外で製造した製品を米国内で販売したり、米国からの輸出に関わったり、その他最終的に米国の商業にな影響を与える可能性が予測されるような、いくつかの会社による水平型(競合会社間)、縦型(製造業者・供給業者、販売業者、顧客間)の共謀による価格協定、価格維持、生産量協定、市場占有率や顧客の割り当て、談合不正入札などを禁じています。この場合、違法行為の要件としては米国通商への影響が「実質的」かつ「意図的」であることを挙げています(U.S.109 F3d 1,4, 1st cir. 1998)がこの要件基準はそれほど厳格ではありません。具体的には、上記のような目的でいくつかの会社が集合、相談、共同意志決定することを禁じているのです。このような行為は、米国連邦法ばかりでなく、各州毎に類似の法律によっても禁じられています。注意を要するのは、違反行為をしたとされる会社が直接米国に営業所を保有したりまたは製品を直接販売していなくても、商社や代理店などを通して販売している場合には捜査の対象、有罪判決の対象となりえるという点です。


 最近は「マイクロソフト事件」を見ても分かるように、独占禁止法関連の適用は緩和されてきたかのように見えますが、最近までは法適用は強化され、罰金なども大幅に増加する傾向にありました。また実際に有罪判決を受け禁固刑に服す元会社重役も見られました。被疑者となった会社、個人は、刑事事件の対象となるばかりでなく、同時にまたは多少の時間のずれの後に民事訴訟の対象となり、両方の捜査、訴訟において罰金、賠償金を課される可能性があり大きな負担となります。罰金刑も会社で1000万ドル個人で35万ドルという上限が定められており、有罪となり禁固刑となる場合、刑期は最高3年間までであり、刑期を終了した後も外国人であれば米国に入国禁止措置になるなど、大変厳しい罰則になっています。しかも、場合によりこのような罰金の上限は、さらに上乗せして課される実例もたくさんあります。刑事法では不法な行為により共謀者たちが得た利益または不法な行為により被害者が受けた被害額として計算された額の2倍まで罰金を増額することができるのです。一端刑事法で有罪となると、民事訴訟の洪水となることも多いでしょう。民事訴訟を起こす原告側(つまり被害を受けたとする会社)にとって、相手側(被告側)が不法行為をしていたということを証明するための手間が省けるからです。不法行為はすでに司法省などにより証明されているわけですから、裁判の過程では「損害賠償額」の金額の多寡に焦点を絞れば良いことになります。有罪とされた個人、会社に取っては「踏んだり蹴ったり」ということになるでしょう。


 米国の反トラスト法の歴史を見ると、このような「域外適用」が次第に拡大されてきたことが分かります。国際企業ともなれば、ビジネス活動の場所は、米国、日本ばかりでなく世界中のどこにでもありえます。どの場所においても、上記のような違反が起こらないように注意をはらう必要がありす。具体的には、場所を問わず企業は価格、市場・顧客の割り当て、生産量の減少に関わる議論や会議に出席したり、それらについて競合と合意すべきではありません。業界団体の会議に出席し、自分の意図とは関係なく、上記のトピックで議論が起った場合には、退場すべきでしょう。即時退場することにより少なくとも自分の会社と自分をこのような危険から守ることができますが、その場合にも、明確に「このような法律行為に参加できない」と出席者全員に宣言してから退場すべきでしょう。同業競合者、系列の供給業者などとビジネス・ランチなどをする場合にも、話題、会話の内容には注意を払う必要があります。


 予防措置として、日頃からどのような行為や会話の内容が問題となるか、法律を研究するかまたは専門家のアドバイスを得て、知っておくべきでしょう。会社の管理職にある者は、自分ばかりでなく会社全体としてこのような知識が行き渡っているか確認し、必要な場合は訓練をすることにより認識を広めるべきでしょう。司法省と連邦取引委員会(FTC)が共同で発行した「Antitrust Enforcement Guideline for International Operations」などを参照することができます。


 日本の商習慣に馴染んできた者にとっては、日本の独占禁止法が米国の類似法の適用と比較すると「絵に描いた餅」的、つまり厳格に実施されて来なかったことともあり、長年「普通に」行ってきたことが例え日本国内での活動、行為であっても、米国法の下での刑事罰、民事訴訟の対象になることもあるので注意が必要です。日本の米軍基地での建設工事入札における談合の容疑で複数の建設会社が有罪となったケースを憶えていらっしゃる方も多いことでしょう。正確な知識に基づいた予防的かつスマートな対処が必要です。
朝晩はすっかり、寒くなりました。みなさまお風邪など召しませんようご注意ください。