2015年4月
今回は、昨年日本で判例が出て話題になった相続税に関する事件(平成26年8月28日東京高裁判決)を中心に染谷育子税理士お話を伺いました。この事件は、外国に長期滞在する日本国籍者、外国籍を自らの意志で取得した者たちにとっては注目すべき事件といえるでしょう。
近藤ユリ(YK): 最近、日本の国籍法との関連で相続税に関わる興味深い判決が出たという話をききましたが、どのようなケースでしょうか。
染谷育子(IS):はい、ほとんどの税理士が知識がなく気が付かないような点で相続法上相続者への対応の大きな差が出たというような判決でした。今後、税理士や弁護士は相続などに関しても、相続税など純粋に税法上の知識のみに依存してアドバイスをするとリスクを冒すことになるでしょう。この高裁判決は確定していますので、相続税についての依頼を受ける場合、税法のみでなく、国籍法などの知識も裁判で訴えられ損害賠償を請求されるリスクを回避するためには駆使しなければならなくなるということが明確になりました。一般的に税理士の間では、国籍法の知識というのは周知の事実とはなっていないでしょうし、この判例について全ての税理士が知っているというわけでもないでしょう。
YK:具体的にはどのような点が問題になったのでしょうか。
IS:日本の国籍法第11条は、自らの意志で外国籍を取得した者は日本国籍を喪失すると定めています。注1 外国籍を自らの意志で取得した後も日本国籍を喪失したことを「国籍喪失届」を提出して日本政府に通知する者の数は比較的少ないと言われています。多くの人たちがそのまま「事実上の二重国籍者」としてパスポートの取得・使用などを含む日本国民としての行動を選択しているのが現状です。
パスポートの発行などとは異なる側面ですが、相続税法などを厳密に適用すると上記のカテゴリーの人々は単なる外国籍者・外国人であるということになります。税理士の観点からいうと、これは注意を要する点です。2014年8月に出た上記の東京高裁の相続税に関する判例は、外国国籍(米国籍)を取得した同裁判の当事者(相続人の一人)を対象として、弁護士が当人を二重国籍者(即ち日本国籍者も有する者=日本国民)として理解した上で在外(米国)資産も含めた被相続人の資産を遺産分割したという事実に関して、後の時点で相続税の対象となる資産の金額について、この当該当事者が実は国籍法第11条の規定が適用される者(つまり、日本国籍を喪失したため外国籍者)であったために被相続人の債務控除の対象とならなかったというケースを扱ったものです。担当した弁護士が遺産分割を行った後で、当該相続人、厳密には外国籍者であったことが判明したために、億を遥かに超える資産のうち米国にあった資産に関わる債務がについて控除の対象にならなかったために、当該当事者に関する相続税対象額が当初の予想を超えて大きくなり、結果として相続税額そのものも大幅に増えてしまったというケースでした。この当該相続当事者は、後に税理士が「国籍法の知識がなかったために相続人間で結果的に不公平な遺産分割を実施してしまい相続税額について不当な損害を被ったという理由で担当税理士を訴え、この税理士は、当該相続人が国籍法第11条の規定の適用により米国籍を取得した時点で日本国籍を喪失していたために相続税法上は、単なる「外国国籍者・外国人」であることから税法上も通常の日本国民とは異なった扱いを受けるということを知らず、この問題が起こったと主張しました。当該相続人は外国籍者であるため、在米資産についての債務に関わる控除の対象とならないことを税理士または弁護士が知っていれば、相続人間でこの点を事前に考慮し、適正な相続税額を事前に計算した上で、当該相続人が他の相続人と比較して大きな額の相続税を支払うことを考慮した上で結果的に相続する額が公平となるような遺産分割協定が締結できたはずでしたが、実際はこの点は全く考慮されませんでした。相続税も含め税法のプロとして遺産分割協定を作成したのですから、当該相続人に訴えられた税理士は、弁解の余地なくこの裁判では敗訴する羽目に陥りました。
IS:相続税法の債務控除に関わる条項によると、日本国籍者は(一定の居住要件を満たしていれば)無制限納税義務者と定義され、外国籍者は制限納税義務者として定義され、無制限納税義務者である日本国籍者と異なる扱いを受けます。まず、無制限納税義務者とは、日本のみのでなく世界の他の諸国にある合計資産に対して(この場合のそ資産とは被相続人の資産)債務控除が適用される者たちを意味しています。注2
YK: 最近、数十年にわたり米国にグリーンカード保持者(永住許可者)として居住してきた方々から、米国籍を取得することの損得(その中には税金の支払に関する問題も含まれます)について解説して欲しいという相談が多く寄せられますが、最近の税法の改正と上記の東京高裁判決は、今後多くの在米日本人にとって関心を呼ぶもの思われますね。
IS:そうですね。関わる法律が所得税法、相続税法、贈与税法などに関わる複雑な問題ですし、相続税法の対象となる資産の全金額により累進的に相続税率は異なるという側面もありますので、一般的アドバイスは意味をなさないし、個々のケースを踏まえて幅広い知識を有する税理士を選んで説明を受けたり、実際の遺産相続に関わる相談を受ける必要があるでしょう。
IS:この他にも国籍条件のみでなく、相続人が日本法上の「居住者」であるか「非居住者」であるかという区別によっても相続税法上異なった扱いを受けるため、遺産の分割を計画する上で注意を要します。この居住者か非居住者かという区別は、以前は比較的ゆるやかに規定されてしましたが、最近香港に居住し、3年間日本に戻らなかった日本国籍者に対して「非居住者」という区分が適用されたために億(日本円)の単位での贈与税を逃れたという判例が出たことまた一般的に富裕層が税回避のために外国に居住する例などが多く見られるところから日本政府としても税回避を防ぐ目的もあり相当頻繁に「居住者」「非居住者」の定義を法改定により変更したりまた各関連法ごとに複雑にこの区分のために基準とされる在外期間の定めが異なっているという事実も踏まえると、誰が居住者で誰が居住者でないかというのは簡単に区別できません。両者は、税法上異なる扱いを受けることは先に述べたとおりですが。注3
YK:ということは、日本で相続の問題が生じた際には、十分に知識を有する弁護士・税理士に相談すると同時に、彼らが知らないかもしれない国籍法の適用などに自ら注意して相談する必要があるということになりますね。
IS:はい、その通りです。しかし、徒に心配する必要はありません。最近相続税法の改定などもありましたが、よほど相続額が大きい場合を除いては、支払う相続税の額は相続額と比較してそれほど大きなものではありません。実際に適用される額は、相続額の大きさにより累進的に決まっているので税理士などに相談してください。
注1) 日本国国籍法 第11条 国籍の喪失
日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。
②外国の国籍を有する日本国民は、その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは日本の国籍を失う。
注2) 相続税の債務控除
適用者及び範囲
? 無制限納税義務者(法13①、令5の4)
相続または遺贈により財産を取得した者が居住無制限納税義務者、非居住無制限納税義務者である場合においては、
その相続または遺贈により取得した財産については、課税価格に算入すべき価額は、その財産の価額から次の金額のうち
その者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。
①被相続人の債務で、相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む)
②被相続人に係る葬儀費用
制限納税義務者(法13②、令5の4)
相続または遺贈により財産を取得した者が制限納税義務者である場合においては、その相続または遺贈により取得した財産で
法施行地にあるものについては、課税価格に算入すべき価額は、その財産の価額から被相続人の債務で次の金額のうち
その者の負担に属する部分の金額を控除した金額による。
①その財産に係る公租公課
②その財産を目的とする留置権等で担保される債務
③①②の債務を除くほか、その財産の取得、維持または管理のために生じた債務
④その財産に関する贈与の義務
⑤①から④の債務のほか、被相続人が死亡の際法施行地に有していた営業所等に係る営業上の債務
注3:納税義務者
次に掲げる者は相続税を納める義務がある。
?居住無制限納税義務(法1の3一)
相続または遺贈により財産を取得した個人でその財産を取得した時において法施行地に住所を有するもの。
?非居住無制限納税義務者(法1の3二)
相続または遺贈により財産を取得した次に掲げる者であって、その財産を取得した時において法施行地に住所を有しないもの。
①日本国籍を有する個人(その個人又は被相続人がその相続開始前5年以内のいずれかの時において法施行地に住所を有していたことがある場合に限る)
②日本国籍を有しない個人(相続人がその相続開始時において法施行地に住所を有していたことがある場合に限る)
?制限納税義務者
相続または遺贈により法施行地にある財産を取得した個人でその財産を取得した時において法施行地に住所を有しないもの。(?を除く)
課税財産の範囲・課税価格
無制限納税義務(法2①、11の2)
居住無制限納税義務又は非居住無制限納税義務者に該当する者については、その者が相続または遺贈により取得した財産の全てに対し
相続税を課し、相続または遺贈により取得した財産の価額の合計額をもって、相続税の課税価格とする。
制限納税義務者
制限納税義務者に該当する者については、その者が相続または遺贈により取得した財産で法施行地にあるものに対して相続税を課し、
相続または遺贈により取得した財産で法施行地にあるものの価額の合計額をもって、相続税の課税価格とする。
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