2000年1月

 前回までに信託(トラスト)の必要性について様々な角度から述べてきましたが、今日はもう少し具体的にどのように信託(トラスト)を含む計画的遺産処分(Estate Planning)をすればよいのか、実際的な例を引用して説明しましょう。


 まず最初に基本的な概念と数字について見て見ましょう。
計画的遺産処分に関連して最も重要なことは、連邦贈与税・遺産税との関連で夫婦の間では通常無制限に贈与または遺産の受け取りが無税で許されているということです。これは共同所有(JOINT OWNERSHIP WITH SURVIVORSHIP)の場合のように一見大変有利なように見えます。
 これまでの信託に関する連載の中でも簡単に触れましたが、「JOINT TENANCY WITH SURVIVORSHIP」として資産を所有することは、夫婦の間のことだけを考えると、一方の配偶者が亡くなった時点で自動的に残った配偶者が全資産を課税されることなく所有することになるので有利に思われます。 しかし、このような「優遇措置」も、当該夫婦の子供たちに資産をできる限り多く残そう(つまり最小限の遺産税を支払おう)とすると、有利ではないことが分かります。例えば夫婦で不動産・動産その他の資産を全て合計して総額130万ドルにおよぶ資産を全て「JOINT TENANCY WITH SURVIVORSHIP」で所有している場合、片方が亡くなった時点で130万ドルの全てを生存する配偶者が所有することになります。この生存する配偶者が生きている間は何も問題がないように思われますが、この配偶者が亡くなった時点で130万ドルのうちその年に許可されている免税枠(下記に説明するように毎年変化しています)を超える分が課税対象になってしまいます。具体的には、免税枠は1999年中であれば650.000ドル、2000年中であれば675,000ドルまでがその税控除枠になります。(この税控除枠はその後2001年中に675,000万ドル、2002~2003年中に700,000ドル、2004年中に850,000万ドル、2005年中に950.000ドル、2006年中に950,000ドル、2007年に100万ドル、それ以降はインフレーションに合わせた調整が予想されるノというように増額されることになっています。)この例では130万ドルの遺産を残して「生存していた配偶者」が死亡した時点で、遺産を相続する子供たちは130万ドルからこの配偶者の控除分650,000ドル(1999年であれば)を差し引いた額、つまり650,000ドルが課税対象となってしまいます。一人一人個別にそれぞれ設定されていた650,000ドルづつの免税枠の片方しか使わなかったことになります。


 「JOINT TENANCY WITH SURVIVORSHIP」の形態でなくても、つまり通常のコミュニティ・プロパティ(COMMUNITY PROPERTRT)の場合でも、夫婦の亡くなった方の配偶者が個別に結婚前からの別所有(Separate Property)の資産を所有していてその部分を生存する配偶者に遺産として贈与した場合でも、結果的に同様の事態になってしまいます。つまり、片方の配偶者が亡くなった時点では課税されないが、生存していた配偶者が亡くなった時点で両方の配偶者の持ち分を合わせた総資産が一九九九年中であれば650,000ドル、2000年中であれば675,000ドルを超える場合は、その部分について遺産が相続される前に遺産税の対象になってしまいます。


 前回にも説明しましたように、この免税枠は遺産に限らず一人の者(これは米国市民でも、永住許可を有する外国人でも、非居住者の外国人でも同様)が米国内の資産に関して一生涯に無税で贈与できる額を意味しています。この額までは、贈与が一回であれ、複数回であれ、一人に対してであれ複数の者に対してであれ、また何年間にわたるものでも、同様に一生涯を通算して累積的に適用されます。(例外的に、一人一年あたり一万ドルの贈与に関しては何人に対してでも免税であり、上記の通算控除額として累積的に適用されない)贈与税は、場合によっては %を超えます。孫への遺産(Generation Skipping)の相続には最高 %を超える税が課されることがあります。


 「JOINT TENANCY WITH SURVIVORSHIP」で不動産(自宅など)を所有している方々は意外に多いのではないでしょうか。この問題は、信託を設定し、その信託の記述の中で「資産の所有形態としてコミュニティ・プロパティを選択する」と宣言することにより解決できます。


実際の信託設定


  上記のような免税枠を遺産税および贈与税またはその組み合わせに対して最大限に利用するためには信託(トラスト)の設定が有効です。
 最初の配偶者が亡くなった時点で上記の免税枠650,000ドル(1999年中)を有効に利用できる信託(トラスト)を設定しておけば、このような無駄(回避できるはずの税を支払うという無駄)をなくすことができます。通常、夫婦で信託(トラスト)を設定しそれぞれ片方の配偶者が亡くなった時点、および残った配偶者が亡くなった時点でどのように信託(トラスト)が設定・変更されるか規定しておきます。上記の例の130万ドルという額を総資産とすると、通常行われる方式では片方の配偶者が亡くなった時点で信託が および に分かれるように規定します。その時点で二つに分けた一方の信託に亡くなった配偶者の免税枠650,000ドルを入れ、生存する配偶者が亡くなった時点で子供たちに最大限の資産が相続されるように(つまり最小限の課税額で)し、もう一方の信託(トラスト)に生存する配偶者の持ち分をいれます。このように二つの信託に分散して総資産を管理することにより課税額を最小限にすることができます。百三十万ドルを超える資産がある場合、または信託(トラスト)の設定時にはそれよりずっと少ない総資産額であっても将来的に資産が大きく成長する(インフレ・投資効果などの理由で)と期待される場合は、三番目の信託(トラスト)を最初から設定したり、必要が起きた時点で後に設定する場合もあります。この三番目の信託 には、亡くなった配偶者の持ち分の内650,000ドル(1999年中)を超える部分の資産をいれます。この信託は、しばしばQTIP(Qualified Terminable Interest Trust)として設定されます。これは結婚している配偶者間に対して与えられる特別措置で、生存する配偶者つまり受託者(Trustee)はこの三番目の信託(トラスト)中の資産を自らの生活費、医療の必要性、その他生存のための必要性に基づいて費消することができます。この部分は生存していた配偶者が亡くなった時点で課税対象になります。


 ここで注意しなければならないことは、夫婦のいずれかまたは両方が米国市民権を持たない場合です。この場合、例えば米国市民の夫が日本人(グリーンカード所持者)の妻を有する場合は、QTIP信託の代わりにQDOT(Qualified Domestic Trust)を設定する必要があります。市民権・永住権の有無に関わらず一般に650,000万ドル(1999年中)までの贈与についての免税枠がありますが、この額を超える部分については課税対象となりますので上記と同様に信託を夫婦で設定し、片方がなくなった時点でQDOTが設定されるように規定しておきます。これにより、両方で合算して130万ドル以上の資産がある場合の130万ドルを超える部分について課税の時期を残された配偶者が亡くなる時点まで遅らせることができます。富裕な米国市民が資産を有さない外国人配偶者と結婚した場合には、コミュニティ・プロパティとしての両者の資産持ち分をより平均化するために、米国市民の配偶者が別個に所有する分離資産を米国市民でない配偶者に対して一年に100,000万ドルづつ無税で贈与できます。つまり、相当な財産がある場合には、夫の生存中に毎年10万ドルづつ贈与して(富の平均化)おくことができるということです(650,000ドル(1999年)という累積免税枠はこの場合も適用されます)。


 QDOT信託には、厳格な規則があるということを忘れることはできません。QDOT信託中に入れた資産の元本に当たる部分を生存する外国人配偶者(永住権の有無に関わらず)の生活費、医療費、教育費その他の生存のために必要な経費など以外の目的に使用した場合には、当該生存配偶者の死亡時までの課税の延期が中止となり、使用された額に対する課税が即刻実施されます。QDOT信託中に入れた資産からの収入は、通常の所得税と同様に課税対象となります。 およびB信託中に入れられた資産と異なってQDOT中に入れた資産が成長してその総額が生存する配偶者の死亡時までに増大した場合、その増額についても課税されます。QDOT信託としての資格を得るためには、⑴生存する配偶者がこの信託からの収入の全てを受け取る権利を有していること、⑵遺言執行者(Executor)が遺産税支払時にQDOT信託を設定するとIRSに明確に届け出ること、⑶受託者(トラスティー)の少なくとも一人が米国市民または米国の会社(銀行・信託会社など)であること、⑷QDOT信託中の資産が二百万ドルを超えており個人の受託者である場合には保証金を支払うかまたは信用状(LC:Letter of Credit)を開設するなど特別な保証を行う必要があります。


 ⑶が規定する「受託者(トラスティー)の少なくとも一人が米国市民であること」という条件は、外国人の生存する配偶者が多額の資産を所有したまま故国に帰国してしまいIRSが遺産税を取り損なうという「危険」を回避するための措置ですが、夫婦で共同の信託を開設する時点で「米国市民受託者(トラスティー)」を決めておく必要はありません。信託を開設してから米国市民である片方の配偶者が死亡した後遺産税の納期までの間(通常9ヶ月後)にもう一方の外国人配偶者が米国市民権を取得するということも十分考えられます。この場合、別に米国市民受託者を指定する必要はなくなります。また、親が外国人であっても米国で出生した子供たちは米国市民ですから、信託の開設時に子供たちが 才に近ければ、一人の子供が 才になると同時にこの子供を共同受託者(Co-Trustee:共同トラスティー)にすればよいことになります。
 複雑な説明になってしまいましたが、実際に信託を設定するためにはこの他にも様々な要素を考慮する必要があります。例えば、個人としてまたは家族経営の商店、会社、小規模なビジネスを営む家庭の場合、それらの要素をどのようにすれば税法上有利に信託(トラスト)などに入れることができるでしょうか。米国の連邦税法、州の税法、遺産税法など多様な要因が絡み合う条件の下で計画を緻密に立てる必要があります。やはりプロフェッショナルなアドバイスを得る必要があるでしょう。次回は、税法・会社法の専門家である同僚の弁護士フィリップ・グイテラ氏に登場してもらい、小規模ビジネス(商店・レストランなど)を家族経営やパートナシップで営む場合の計画的遺産処分について総合的な観点から解説してもらいます。次回を楽しみにお待ちください。また、これまでの連載に関してまたはその他ESTATE PLANNINGについての質問がありましたらご遠慮なくお申し出ください。