2003年2月

 今回は、移民法関係のお話をしましょう。皆様は、フェニックス周辺にINSの刑務所(イミグレーション・プリズン)があるのをご存知ですか。ここ数年間、私のところに時よりこのINSの刑務所に収監されている方々から連絡があります。これからお話することは、相当数ある事例をまとめたものであり、特定の個人に限定された例ではありません。これらの方々の実例から、一般の(つまり「普通の」)旅行者でも注意を要することが多くあることに気づきました。今日のお話は、注意をしなかったために、とんでもない運命に遭遇することがないように、皆様の注意を促すことを目的としております。皆様もご存知のように、「9.11」が起こって以後現在に至るまで、INSの方針がより厳格になってきております。VISAを取得する条件も厳しくなっており、また各空港での入国手続きもより厳しくなっています。


 日本から米国に来る日本人の数は、9.11以後減少してはいますが、まだまだ多数の人々が観光、商用、家族訪問、留学などで渡米してきます。入国する際の検査・審査において「麻薬など法律で禁じられている項目」を所持して入国したために、逮捕され、裁判で有罪判決を受けたり、または有罪であることを認めて司法取引をしたりして結果として米国内の刑務所に収監されることがあります。また、「不法に他者の密入国を助けた」という罪で逮捕され、同様の道を辿り刑務所に収監される人々もあります。初犯であれば、「執行猶予」となってもよさそうな比較的軽い罪で1年余りもの刑期を刑務所で過ごし、釈放になると同時にINSの刑務所に収監され、強制送還の対象になるべきか否かのINSの裁判官による裁判を受けて、「強制送還されるべきである」という判決が出ると、実際に強制送還が実施されます。


 複数の方々から話をきくと、実際に罪を認めている方々がいると同時に、「自分は無罪である」と主張する方々も多くあります。もちろん、私には、話をきいただけで100パーセント正確に無罪の主張に信憑性があるかどうか判断はできません。しかし、いくつかの例の場合、「本当に無罪だったのに、有罪とされ、刑務所に収監され、刑期が終了した後で、今度はINSの刑務所に収監され、強制送還を待つ身である」という事例があったのではないかと思っています。麻薬の所持、その他の罪でグアムやサイパン、ハワイなどで逮捕されて、本土(カリフォルニアなど)の刑務所に収監され、刑期終了後になんとアリゾナ州のELOYにあるINSの刑務所に収監され、強制送還を待つ人々もあります。これらの方々は、日本の近くの米国保護領やハワイなどを訪れ、最終的に日本から遠くへ遠くへと送られて、最後はアリゾナから日本に帰国(強制送還)することになるのです。なんとも不思議なシステムです。ある麻薬所持で有罪となった人の場合ですが、自分の連れが麻薬(マリワナ)を所持していたところ空港の入国審査で逮捕され、「先に入国した友人が売り手で、自分に分けてくれた」と嘘を述べたために、後にホテルで休んでいるところをFBIが訪ね逮捕された、という話でした。実際にはありうることだと思いました。逮捕の際に、この人は麻薬を全く所持していませんでした。皆様もご存知のように(LAW AND ORDERなどのTV番組でおなじみのように)「共犯者」の一人が相手の罪状を当局に言えば(「隠し立て」をせずに)検察官がその「告白」をした者の罪を問わない、または相当に軽減するという司法取引をする場合が多々あります。ということは、先に「告白」した方が相手にまたは極端な場合には関係のない第三者に罪をなすりつけて自分が罪を逃れる、または罪を大幅に軽減してもらうということが成り立ちやすい仕組みになっているのです。この実例の場合も、「告白した」本人(つまり麻薬(マリワナ)を実際に所持していて現行犯で捕まった者)より、ホテルの部屋で逮捕された際に麻薬を所持していなかった者の方が相当に厳しい罰を受けることになったのです。この方は、1年以上の懲役刑になりました。


 そして、複数の人々からきいた共通の話としては、地元の弁護士を頼もうとしたが、「着手料として10万ドル支払えば、事件を担当する」という回答を受けたという場合が多いのです。そして、このような話をしてくれた人々の全てが、「そんな大金はないので結果として公選弁護人」に依頼したというケースでした。そして、またほとんど全ての人々が、「通訳がきたが、自分の意見をきちんと伝えてくれなかったし、裁判官が言っていることをきちんと通訳してくれなかったので、何を言われていたのか分からなかった」と話していました。何がなにやら分からないうちに、気づいたら「懲役1年8ヶ月」とか「懲役2年」とかいう判決になっていたのです。


 観光旅行で米国に入国して逮捕されてしまう場合もありますが、ビジネスマンが単に米国出張にきて逮捕されてしまうというような場合もあります。東南アジアの国から日本を経由して商談のために米国に入国したビジネスマンが空港で逮捕されてしまうというような事例もあります。東南アジアの国の旅行業者である知り合いに「米国に行くのは初めての女性がいるので到着までの途中何かと面倒を見てくれないか」と頼まれたので、隣の座席に座っていたら米国の空港に到着した途端に「連れの中国人女性たち」もろとも逮捕されてしまい、入国審査官に厳しい検査を受け、「連れの女性たち」が「あの人が私たちを密入国させるという約束をしてくれたので、出発する前に高額の金を払った」という「告白」をしたという場合もあります。この人は入国審査官(INS)から「一人当たり数千ドル払えば、このまま入国させる」と言われたと主張しています。真偽を解明することは容易ではありませんが、これは事実である可能性もあるかもしれません。この場合も、弁護士を雇用しようとすると「最低10万ドル、今すぐに支払えば弁護を引き受ける」と言われ、結局は公選弁護人に依頼することにしました。司法取引をした結果1年近くの懲役刑という判決を受け、実際に刑期を終了し、INSの刑務所に移動させられました。


 中には、拘置所・刑務所に収監される際に、所持品(パスポートや貴重品など)を全て没収され、釈放されると同時に返却されるはずのパスポート、衣類、貴金属類、現金、クレジットカードなどがそのまま「紛失」してしまうなどという例もあります。もちろん、法的に適正な処置としては、所持品を「預かり(没収)」とされた時点で領収書が当人宛に発行されるはずですが、逮捕・収監という混乱(どさくさ)にまぎれて結局領収書をもらえないままになってしまうという例もあります。数万ドルにおよぶ貴金属類、時計、指輪、現金その他を「預かり(没収)」とされたまま、「行方不明」という回答しか得られないというような経験をした人もあります。そのまま強制送還されて日本に帰国してしまえば、これらの「行方不明」となっている項目の原状回復をはかることは難しいでしょう。領収書をいくつもの理由をつけて渡さなかったという事実、すべてが「行方不明」になってしまったという説明、責任の所在が不明という状況、これらの全てを合わせて考慮すると、一連の出来事が意図的、計画的である可能性もゼロとはいえないのではないかという疑いの心が生じます。


 日本人は一般に「お人良し」の傾向があるかもしれません。現状では、日本人には比較的簡単な米国への入国が、「一人数千ドル」という密入国ビジネスの対象になっていることを忘れてはならないでしょう。これらのビジネスでは、日本人のパスポートは大変価値が高いものです。ヴィザなしで米国に入国できますし、日本人は比較的INSが疑わない国の国民であると言えるでしょう。しかし、日本人もあまり暢気になってはいけません。暢気でお人良しの日本人を利用して、「密入国ビジネス」をしようとする人々も多数あるでしょう。皆様も、コンテナ船が米国に到着したら、一つのコンテナに数十人の密入国者が潜んでいたなどという新聞記事をお読みになったことがあるでしょう。そんな生死を掛けた密入国をしてでも米国に来る価値があると信じている人々は世界中に夥しい数あるのです。それほど必死になっている人々であれば、日本のビジネスマンを利用したり、そのビジネスマンの運命を狂わせたりする可能性に何の痛みも感じないでしょう。そのような世界の現状をよく理解し、海外出張、海外旅行をする際には十分注意を払い、気軽に手荷物やチェックインする荷物を預かったり、他人の便宜を図ったり、「旅行慣れしていない人」の世話を単なる「知り合い」や通りすがりの人などから頼まれたりしないように気をつけてください。


 ひとたびINSやFBIなどの係官に疑われ、有罪となるや、これまでの人生はめちゃくちゃに破壊されてしまいます。学生であれば、学業を中断しなければなりません。ビジネスマンであれば、仕事ができなくなり解雇される場合もあるでしょう。自営業者であったような場合、中心人物が刑務所に収監されるようなことがあれば、ビジネスは立ち行かなくなるでしょう。破産に至るというような場合もあります。また残された家族の心労、生活苦も大きな問題となるでしょう。日本に帰国したり、米国から別の外国に出張したりする際には、手荷物、チェックインする荷物の内容に十分気をつけ、人々との交流・付き合いを意識的にモニターしてください。もちろん、「知らない者には絶対に口もきかない」などという極端に走る必要はありませんが、それぞれ「勘」を働かせ、賢明な判断をしてください。決して、知らない間に「密入国を組織した犯罪人」、「麻薬の売人」などにでっちあげたりされることがないように。