1999年11月
今日から、数回にわたって遺産の計画的処分(Estate Planning)特にトラスト(信託)についてお話しましょう。
人は誰でもいつか死を迎えます。生きている時には住宅やその他の資産を蓄えます。そして死を迎えた時に自分が残す家族ができるだけ経済的負担が少なく、必要以上に税金を払うことなく、それから先の生活を平穏無事におくってくれるように祈ります。不幸にして未成年の子供を残してこの世を去らなければならなくなる場合もあるでしょう。年齢の順にこの世を後にするという法則があるわけでもありません。「全ての経済的その他の問題を解決したので安心」という境地に至ることは、何をどう準備しても不可能かもしれません。でも、「できることはしておきたい」、というのが誰でも共通の心でしょう。一家の大黒柱が先に亡くなる場合、共稼ぎの夫婦のどちらかが先に亡くなる場合、事故で夫婦が共に同時に亡くなり後には未成年の子供たちが残るなどという状況は起こって欲しくないものです。でもニュースや人の話を聞いていると、実際に起こっています。
日本とは遺産の相続や夫婦の資産の所有に関しての法律が異なる米国、特にアリゾナ州で暮らしている私たちはどんなことを知り、どのように準備をして「備えあれば憂い無し」の心境に少しでも近づけばよいのでしょうか。
みなさまも、Estate Planning(「計画的遺産処分」または「遺産処分計画」)という言葉を聞いたことがあるでしょう。これは、個人または夫婦単位などで、亡くなった場合の遺産税(Estate Tax)の支払いやその他の事務手続きの費用、死亡時にかかる医療費用などを事前に(つまり生前に)想定し計画的に一番効率が良く節税もはかれる方法で取り決めておくことです。このような「遺産処分計画」のためには、遺書、「撤回可能な生前信託(Revocable Living Trust)」、「撤回不可能な信託(Irrevocable Trust)」、QDOT信託、特定ニーズに合わせた信託、贈与計画、本人が無能力になった時にも有効な委任状(Durable Power of Attorney)、リビング・ウィル(生前遺言)/医療関連委任状(Medical Power of Attorney)などの手段を使います。これらの手段は、家族の構成、資産の多寡、本人と子供たちの年齢など多くの要因により異なる組み合わせで使います。
遺書。遺産処分を計画的に準備しようとする者は、通常遺書を準備して自分の死後自分が所有していた資産をどのように配分したいか決めておきます。信託が設立されていれば、資産のある部分が信託に編入されることになるでしょうが、信託に入っていない資産の配分も決定しておく必要があります。例えば会社の年金や個人的な動産など。個人によっては、信託などの手段を一切利用せず、遺書のみを残すという場合もあるでしょう。(遺書も残さないという人もあります。)遺書によって遺言信託を創設したり、既存の信託に(つまり生前に設立した信託に)死亡時に追加して資産を編入することも可能です。遺言は、また節税のための計画としても機能します。また、未成年の子供たちのために後見人を定め、生活の手段を保障することもあるでしょう。しかし、遺書を残せば全て安心できるでしょうか?死亡時に遺書という手段のみを残した場合、遺産が50,000ドル以下でない限り、その遺産は裁判所による遺産検認(Probate)の対象になります。つまり、裁判所がProbateの事務処理を担当する弁護士を任命し、裁判所とのやりとりの結果裁判所が公正と認めてから後に、遺書に書かれている配分が行われるわけです。勿論、配分の前には裁判所へのProbateの諸費用や弁護士料を先に支払い、残った分を配分するということになります。この間遺族は、裁判所の決定を待って宙ぶらりんの状態のままでいることになります。
遺産の計画的処分との関連で、信託(トラスト)という言葉を聞いたことがある方も多いことでしょう。
信託(トラスと)とは何でしょうか。なぜ遺言と並んで設定したり取り上げられたりするのでしょうか。なぜ必要なのでしょうか。その主な機能とは何でしょうか。
まず信託に関連して使われる用語を整理してみましょう。
信託設定者を、TrustorとかSettlorまたはGrantorなどと呼びますが英語では最近はSettlorという言葉で呼ぶのが一般的なようです。
受託者(Trustee:トラスティ)とは、信託が設定されるときに、信託財産(Trust Property)権原(タイトル)を保有し、それを別の例えば自らの私有財産と区別して受益者(Beneficiary)のために管理、運用、処分する義務を負う個人または法人です。
受益者(Beneficiary:ベネフィシャリー)とは、信託が設定されるときに、信託の条項(Terms of Trust)に従って利益を付与される者です。
信託は、基本的には次ぎのような目的を持っています。
資産を節税しながら家族内に保持します。
遺言の裁判所による検認(Probate)に必要な裁判所諸費用および裁判所が任命する弁護士の料金などを節約し、信託設定者が生前望んでいたように資産を配分・運営できるわけです。時間的にも、Probateを回避することにより、相当節約できます。遺族は長い間裁判所の決定を待つことなく、早期に日常の生活・資産の運用・ビジネスの展開に戻ることができます。
資産の状況など家族内の事情について、外部に秘密のままプライバシーを守ることができます。対照的に、遺言の場合、公的な手続きである裁判所の検認(Probate)を必要とし、公表の対象になるので受益者に関する情報(つまり遺産を相続した者の名前とか相続した資産の多寡など)などが知られることになり、プライバシーを守ることができません。
信託設定者が財産の管理の能力を失った場合(アルツハイマー病、老衰、その他の理由による)に備えて、受託者(トラスティ)を事前に決めて運用を任せることができます。
遺産処分計画に頻繁に使用される「撤回可能な生前信託」は、この信託を創設した本人(トラスターまたはセトラー)の生存中も死後も機能します。生前には、信託設定者は自ら受託者(トラスティ)になることにより資産をさらに追加して信託に編入したり、それらの資産を全体として投資やその他の手段で運用できます。信託では、受益者を定めておきます。つまり信託設立者の生存中でも死後でもその信託から利益を受ける者を定めておきその定めに従ってその信託からの収入や元本の配分を供与することができます。死後に新たにこの信託を分割するように事前に定めておくこともできます。信託設定書類に信託設定者が自由に信託を撤回できること(Revocableであること)を明記することにより、信託設定者は信託を廃止することができるばかりでなく、信託の条件・内容を自由に修正または変更できることになります。
共同信託(Joint Trust)
アリゾナ州のようなコミュニティ・プロパティ(夫婦共同財産制)を採用している州では、個人のレベルで信託を設定する際に「撤回可能な共同信託(Joint Revocable Trust)」を設定する場合が多くなっています。夫婦である信託設定者の両方が生存中は、両者が信託からの収入の受益者になることができます。このような共同信託の場合、信託文書の中に夫婦である共同信託設定者が「共同信託」を設定するという事実、および両信託設定者のいずれかが死亡した場合にはもう一方の信託設定者がその権利を全て自動的に継承する旨(Survivorship)の条項を明記する必要があります。アリゾナ州では、信託設定者が複数指定されている信託(トラスト)の場合は、自動的にそれらの信託設定者がJoint Tenants with Survivorship(そのうちの一人が亡くなったり、受託者(トラスティ)としての能力がなくなった場合に、残りの受託者(トラスティ)がそのまま当該信託の受託者(トラスティ)としての権利義務を継続するシステム)と見なされます。
何を信託に入れれば良いか。
他の州にある不動産や動産で当該州において所有者の死亡時に裁判所のProbate(遺産検認)の対象になるものは、早々に現在居住する州において信託に入れれば煩雑な手続きと時間的なロスを回避できるでしょう。
長期的な投資資産で債務の保証のために担保に入っていないもの。
抵当付きの住宅はどうでしょうか。信託に入れることができるでしょうか。完全にローンの支払が終了していない、つまり、所有権が(またはその一部が)銀行に属すような不動産でも、適正に相手の銀行に通知し承認を得ることにより、通常は問題なく信託財産に編入できます。その場合注意を要するのは、タイトル(権原)に変更があったことをタイトル保険、住宅保険(ホームインシュアランス)などの会社に通知する必要があるということです。つまり、信託名を当該タイトル保険やその他保険の対象者として追加してもらうことです。
銀行口座:銀行口座も信託(トラスト)にすることができます。例えば が信託設定者(トラスター)として銀行に講座を開き、自分自身を受託者(トラスティ)として登録し受益者(ベネフィシャリー)を第三者とすることもできます。この場合、アリゾナの法律では(ARS s14-6103(C))、この口座は、撤回可能な信託(Revocable Trust)として取扱われます。つまり、 は生存中であればこのトラストの内容を変更(廃止も含め)できます。しかし、 は、遺書により、自分の死後にこの信託(トラスト)を変更するように生前に設定ことはできません。(ARS s14-6104(E) )この場合、注意を要するのは、信託(トラスト)が撤回不可能(Irrevocable)でない限り、債権者が当該口座に入っている金を の生存中であれば にまた の死亡後であればEstateの代表者に請求して取ることができるということです。
株式:公開された株式については、例えばミューチュアル・ファンド(証券投資信託)や株式ブローカーに任せた口座などは、書式に書きこむだけで割合に簡単に信託に所有権を移転できます。その他の個別の株券などはオリジナルを移転の代理人(銀行など)に渡す必要があります。同族会社などの非公開株式は、独自の規則に制限されることもありますが、制限がない場合でも典型的な例では多数を占める株主から株式の信託への所有権移転について書面で同意をえる必要があります。この場合銀行などの債権者である第三者からの株式所有権移転に関する許可が必要か否か調べて、適正な処置を取る必要もあります。 コーポレーションとして登録してある会社の場合には、IRS Codeのs.1362の規定によりほとんどの「撤回可能な信託(Revocable Trust)」は信託設定者の死亡後2年経過後に株主として適正でなくなりますので、注意を要します。 コーポレーションの地位を保全することが最優先順位であるのか、よく考えてみる必要があるでしょう。
生命保険。保険の対象者(Insured)は、保険給付金の受け取り手を「撤回可能な生前信託(Revocable Living Trust)」に変更できます。手続きとしては、受益者を上記信託に変更する旨の書式を提出します。高額な保険金の給付が予測される場合は、上記の信託とは別に「撤回可能な生命保険信託(Revocable Life Insurance Trust)」を設立することも良い案です。保険の給付金を当人が全くコントロールできない信託に移転することにより、当該給付金を税の対象となる遺産から除外することもできます。生命保険そのものを「撤回可能な生前信託(Revocable Living Trust)」の所有に移転することもできます。いずれの場合も、信託にその旨明記する必要があります。この手続きのためには、保険会社から「所有権移転」の書式をもらい提出すれば十分です。
このような用語の解説や必要性だけを説明しても、このような制度が実際にどう機能するか、みなさまの生活の中でどのように有効に利用できるのか、どのような組み合わせが個人的な状況に一番適合するのか、などという多数の質問に対する回答にはなりません。次回では、例も挙げ、それぞれの長所や欠点も見ながら、これらの制度を有効に活用する方法を検討してみましょう。