2007年2月
 

 今回は、日米にわたる離婚のお話をします。日米にまたがる国際結婚が増えるにつれ、不幸なことですが、離婚も起こります。離婚についての相談も様々なケースがあります。日本に在住の日米カップル、米国に在住の日米カップル、すでに日米に分かれて別居中のカップル、日本の中で離婚のプロセスを経験中のカップル、資産が相当にありその分割をめぐって争っているカップル、日本の家庭裁判所での離婚手続きが進行中でありながらその手続きそのものに疑問を持っている人々、それぞれ独自の問題を抱えて悩んでいる方々から相談を受けます。


日米における離婚過程の比較


 当事者間で離婚の意思が固く、また相互に離婚の条件などで合意に達している場合、日本における離婚は最も短期間で簡略に行えます。当事者間で離婚届けに署名捺印の上区役所、市役所などに提出すれば離婚が成立します。しかし、離婚に至る夫婦というのは、離婚の条件などについて容易に合意できないという場合がほとんどです。離婚に至るまでにはすでに相互にコミュニケーションを有効に図る方法を見失っていることが多いのです。当事者間で争い続けている離婚の場合は、日米の夫婦間の財産所有、離婚における財産分割や養育料に関する法律の相違、裁判所の手続き上の相違、裁判所が決定を下してから後の執行における相違など、特に未成年の子供たちがかかわる離婚の場合は、どこで離婚手続きをするかにより、時によっては大きな違いを生み出します。


 まず大きな相違点は、届出離婚が不可能な場合日本の家庭裁判所で行われる離婚調停の場合、日本の現行法に基づいて、いずれか一方が離婚を望まない場合は離婚が成立するまでに長期間を要することが多いという点です。アリゾナ州(またその他の多くの州)における離婚は完全な「破綻主義」を採用しており、両配偶者が「当事者間の結婚が回復の望みなく破綻している」という認識を宣言すればそれ以上の理由を示すことなく離婚することができます。合意による離婚の場合は協議書を作成した後裁判所に提出し、その協議書を裁判官が裁判所の命令として認め署名をした時点で離婚は成立します。未成年の子供がかかわる場合、裁判所は注意深く親権、どちらの親と同居するか、養育料などについて合法的・適正に協議書の中で規定されているかチェックします。未成年の子供がかかわらない場合は、協議の内容は当事者同士の自由契約として裁判所は深く立ち入らないで承認するのが常です。


 日本の家庭裁判所における離婚は、「破綻主義」的な側面も年々重みを増してはいますが、基本的方向性は「家庭を破綻させない方向、つまり和解の道」を探る点を強調します。妻と夫がすでに別居しているという事実はそれだけで離婚の理由とはなりません。日本の夫婦間の財産所有形態はアリゾナにおけるコミュニティ・プロパティ(夫婦間共有財産制)とは異なり、妻の寄与分も結婚期間が長くなれば考慮されるとはいえ、通常は家族が居住する家は夫名義であることが多く、自動的に当該住宅の価値の半分が妻に属すということはありません。未成年の子供の養育料に関しても、通常アリゾナ州では、両配偶者の収入のそれぞれを合算した額から養育料の全額を計算し、それぞれの収入の割合に応じて子供がいずれの配偶者と同居することになるのか(またはどのような割合で父または母と暮らす日数となるのか)を考慮しつつ裁判所が用意する既定の計算方式でほとんど自動的にそれぞれの養育料の負担分を決定する(つまり父と母のどちらがどちらにいくら支払うのか決定する)というシステムにはなっています。日本の場合、それぞれの状況を勘案しつつ、家庭裁判所の調停の過程において一つ一つ財産分与、配偶者に対する月々の支払い、養育料の支払い額などを相互に交渉して決定して行かなければなりません。日本の家庭裁判所における離婚調停と比較すると、アリゾナ州の離婚の方が相当程度に「システム化」がより進んでいるといえるでしょう。米国全体をみても、それぞれの州による州法の相違はあっても、日本の家庭裁判所の調停過程と比較すると、よりシステム化が進んでいるといえるでしょう。


 このような相違は、具体的にどのような違いをもたらすのでしょうか。まず、日本の家庭裁判所調停の方が結論を出すまでにより長い時間がかかるということがいえるでしょう。勿論、離婚の過程で双方の主張が激しく対立し妥協点を見出せない場合は、どちらの場合も長期戦になることは確かです。しかし、アリゾナ州の離婚の場合は、双方の主張が対立しても両当事者はすでに裁判所(FAMILY COURT)における法的手続きの過程にあります。両者が妥協点を見出せない場合は、裁判官が法律に則って離婚の条件を決定してくれます。日本の家庭裁判所調停の場合は、調停で埒が明かない場合は、改めて裁判で双方の主張を争う必要があり、その意味では二重に時間も費用もかかるということになります。


執行における相違点


 日本の裁判所の調停結果とアリゾナ州裁判所における離婚訴訟における裁判所命令との相違点は、執行力の違いです。日本に住んでいたころ、知り合いや友人の中にも離婚を経験した人たちがいました。また統計データなどで見たところ、離婚した女性たちが財産分与という点でも養育料という点でも、何も要求せず身一つで離婚して家を出という例が多くありました。その理由を聞かれると、家庭裁判所で調停を行い結果として夫が養育料を支払うことになっても実行しない例が多く、しかも強制的に取り立てる手段も容易にないため放置している、または初めから期待していないため請求もしなかった例が多くありました。確かに、家庭裁判所調停の結果養育料の支払いを命じられても、それに従わない者(夫である場合も妻である場合もあるでしょう)に対して強制的に取り立てる手段が容易にありません。また、不払い者に対する制裁もほとんどなきに等しい状態です。


 アリゾナ州(米国内の他の州も同様)では裁判所命令として養育料の支払いが決定されるとクリアリング・ハウス(Clearing House)と呼ばれる支払いセンターを介して、一定の頻度(毎月または月に2度など)で支払いが自動化されて行われます。養育料を受け取る側は銀行口座を通知することにより自動的に銀行振り込みを受けることができます。養育料の支払い義務を怠り支払いをやめると、裁判所は強制的に本人の雇用者に命じて給料から天引きという形態で養育料を取り立ててくれます。悪質な不払い者(いわゆる DEAD BEAT DAD または MOM)の場合、裁判所は裁判所命令に背いたとして「法廷侮辱罪」の罪状で逮捕状を出すことがあります。具体的に養育料の不払いが原因で逮捕され拘置所、刑務所に収容される例もあります。ときにより、養育料の支払いから逃げるために州から州へと移動し続け職をわたり歩く者もいますが、その場合は州当局が相互に連携をとり、また連邦警察もこれらの人々の取り締まりを行います。国外に逃亡する場合もありますが、そのような場合も、米国に入国した時点で「連邦逃亡犯」として逮捕されるリスクもあります。


裁判所による強制調査権


 日米両国(またはその他の第三国も含め)にまたがる結婚の場合は、夫婦間の財産も複数の国に所在するという場合もあります。家を日米両国に所有する、預金、投資口座などを日米のみでなくその他の第三国にも所有するという場合もあります。離婚の際には、公平な財産分与、公正な養育料の支払いなどが協議の対象となりますが、配偶者によっては資産隠しを行いできる限り多くの額を自分の取り分としようと企てる者もいます。経済関係が国際化した今日、もともと資産を複数の国に配分してリスクを回避している者たちもいます。インターネット・バンキング、インターネット株式投資などが進んだ現在、誰がどこにどの位の資産を所有するかということを国際的に調査するのは容易ではありません。この点でも日本の家庭裁判所の調査権と米国裁判所の調査権の相違は具体的に大きな違いを生み出します。


 米国の裁判所における離婚の場合は、離婚訴訟の初期に双方の資産状況の開示が強制的に求められます。もちろん、この時点で資産隠しを行う者も多いでしょう。また共同所有であるはずの預金口座から離婚訴訟を起こす直前にほとんどの資金を秘密の自己名義(共同所有でない)に移動して相手がアクセスできないようにするという手段をとる者もいます。このような場合、日本の家庭裁判所における調停の過程で交渉の基本として資産状況を調査したい場合、探偵を雇用して調査するという手段もありますが、私立探偵による調査には限界があります。私が知る限り、家庭裁判所は銀行その他の第三者機関に対して強制的に情報を提出させるための強制調査力の点では米国の裁判所には及びません。


 米国の場合、もちろん個人的に私立探偵を雇用して調査することで相当程度に解明することはできますが、決定的な日米相違点は米国の裁判所の場合SUBPOENA(召喚状)を介して相手側または銀行、証券会社、投資ブローカーなど第三者からも強制的に情報を取得することができるという点です。これらの第三者は、裁判所命令として口座番号、残高、資金移動記録などの情報の要求がきた場合には、そのような情報を裁判所に渡します。配偶者のソーシャルセキュリティ番号などが分かれば、相当程度に正確な資産状況の調査が可能となります。もちろん、スイス銀行の秘密口座などに隠し口座を作られた場合は、調査は困難に直面するかもしれませんが。


 上記のような相違から、未成年の子供がかかわる、相当に資産がある、しかも相手側が悪質に資産隠し、資金移動などを行って財産の公正な分与や養育料の支払いを逃れようとしているような場合は、米国における離婚訴訟の方がより強力な手段となりえることは確かです。


米国における離婚提訴の条件


 さて、上記のような複雑な離婚の場合、米国での離婚訴訟を勧めることが多いのですが、米国で離婚訴訟を開始するにはどのような条件が必要なのでしょうか。アリゾナ州の例をみますと、アリゾナ州で離婚訴訟を起こすにはどちらか一方が提訴の日までにアリゾナ州に90日間居住したという条件が必要となります。この「居住」というのが解釈上曲者です。米国人が国外に現在居住している場合でも、例えば軍務についていて国外の基地に一時的に居住している場合は軍務で当該国外基地に転出する前に最後に居住していた場所がアリゾナ州であればアリゾナ州が居住地とみなされる場合もあり、上記の90日居住という条件が自動的に満たされることもあります。また、転勤などで国外に一時的に居住していても、常にアリゾナ州に帰州する意図であり家も所有しており、納税もアリゾナ州民として行っているなどという場合は、アリゾナ州が米国内居住地として認められる場合もあります。


 米国に居住していない(日本に居住中など)外国人の配偶者が、相手側米国人配偶者に対して離婚訴訟を米国内で提訴したい場合はどうしたらよいのでしょうか。理論的には、外国人の配偶者であってもアリゾナ州に90日間居住すれば、離婚訴訟を起こすことは可能です。まだ上記のような定義でもう一方の米国人配偶者が米国内ではどの州の「居住者」であるのかを調査し、その州の州法が許す場合は、その州で当該米国人配偶者に対して離婚訴訟を起こすこともできます。しかし、この場合は当該米国人配偶者がどの州の住民として税金を納めているのか、どの州の運転免許証を保持し続けているのかなど、正確に調査する必要があります。誤った情報に基づいて離婚訴訟を起こすと、「当該米国人配偶者に対して当州裁判所は裁判管轄権を有さない」と却下されてしまう可能性があります。


 米国で離婚訴訟を起こしたいが90日もアリゾナに滞在できないという場合は、他にどのような手段があるでしょうか。米国の場合、アリゾナ州では「90日の居住」という条件を満たす必要がありますが、他の州ではどうでしょうか。より短期の居住要求で離婚訴訟を起こすことができる州があるでしょうか。


 ネバダ州の離婚過程は、ブリットニー・スピアスの「結婚取り消し事件(Annulment)」、「ネバダ結婚」や「ネバダ離婚」で名を馳せているだけのことはあり、アリゾナ州より短期の居住要求で離婚訴訟を起こすことができます。ネバダ州は、離婚提訴の条件としてネバダ州居住者であることを求めますが、この「居住者」の定義は「6週間以上ネバダ州に居住した者」となっています。ネバダ州に出向き、アパートを借り、アパートのユティリティ(公共料金)の請求書などに自分の住所と氏名が書き込まれている証拠を提出し、証人が「この人間は過去6週間以上ネバダ州に居住している」という宣言書に署名してくれれば、「ネバダ州居住者」という条件を満足させることができます。この作戦が成功すれば、ネバダ州の裁判所の権限を借りて米国内の隠し財産などの調査を行うこともより容易になり、養育料の取立ての点でも米国の州間および連邦執行力を借りることができることになります。未成年の子供がおり、養育料の支払いが長期にわたる見込みの場合、資産隠し、養育料不払いの可能性などの問題が存在する場合には、このような努力も価値あるものとなるかもしれません。


 より簡便に米国内での離婚訴訟を行う資格を得る方法としては、理論的にはグアム島における離婚訴訟という手段もあります。グアム島は米国の州ではありませんが、保護属領としてのポジションから同地の法律は準米国法として機能し、同地の裁判所の決定は理論的には米国本国の各州において有効に機能すると言われています。しかし、複雑な側面を有する、また多額の資産がかかわる離婚訴訟の場合、グアムにおける離婚訴訟の結果としての裁判所命令の強制執行力について詳しく調査してから実行することをお勧めします。