2004年10月
 

 先回の生命保険とESTATE PLANNING(財産・資産計画)との関係、特に誰を受取人(BENEFICIARY)に指定すればよいのかという議論に続き、今回は、ESTATE PLANNING(財産・資産計画)の際にIRA(Individual Retirement Account)をどのように扱えばよいかについて、考えてみました。


 信託(トラスト)の設定を行う際に、IRAはどのように取り扱えばよいのでしょうか。IRAの受取人を決定する際には、どのような要因を考慮すればよいのでしょう。先回の議論では、信託を設定した時点で生命保険の名義を信託の受託人(トラスティー)名義に変更するというのが一般的であることに触れました。生命保険の場合には、保険金の支払いは通常、被保険者が亡くなった時点で全額受取人として指定されていた者に支払われます。(もちろん、保険金の給付が年払いとなっている年金保険の形式を採用している生命保険もありますが)


 IRAの場合は、IRAの所有者が亡くなった場合の受取人の指定はどのようにしておけばよいのでしょうか。この点を考える上で、IRAの特性を理解しておく必要があります。IRAというのは、主として所有者が現役で働いている間に一定の法規に従って、法定額(または収入に応じた法定率に従った額)をIRA口座に貯蓄したりまたはその口座を利用して投資したりし、退職後にいわゆる「老後」の生活を豊かにする目的で開設・維持されます。このような大義名分があるため、連邦政府も一定の課税上の優遇措置を採用しています。最大の特色は、IRA口座に入れて貯蓄または投資する資金に関しては実際に口座から引き出し費やす機会がくるまでは所得税課税が据え置き(遅延)されるということです。IRAを開設した当人が生存している間は、課税されるタイミングはその当人がいつこの資金を実際に引き出すかにより異なります。法定の最低年齢(59.5才)より低い年齢の時にIRA口座から資金を引き出せば所得税課税の据え置き措置は解除になりますので、課税の対象になります。当人が死亡した後には、IRA口座中にある資金は当人が生前に指定した受取人の所有となりますが、この際に注意しなければならないことは、生命保険金の受け取りの場合とは異なり、IRAの税法上の取り扱いが極めて複雑なことです。IRAの特性である所得税課税の据え置き(遅延)という特色を最大限に利用する(つまり節税する)ためには誰を受取人に指定すれば最も有利か、さまざまな税法上の側面を考慮する必要があります。同時にこの所得税の据え置きと遺産税の支払いとの相対的関係を理解し、一方ばかりを考慮して他方への考慮を欠いたために納税額が大幅に増えてしまうことがないように注意する必要があるでしょう。


 IRA等退職年金的な性質から税法上優遇を受ける資金・財産のもう一つの大きな特性は、課税の据え置きが永遠に継続するわけではなく、一定の法定の期日より、残高から毎年法定額(法定率)を本人または本人の死亡後は本人が指定した受取人が受け取ることが義務づけられているということです。現在では、本人が生存していれば、通常本人が71.5才になった時点で一定の額(算定基準はいくつかあるが、代表的な例としてはその時点での残高に対する一定の率に相当する額)またはそれ以上の額を毎年受け取らなければならなくなります(Required Minimum Amount)。これは、この時点から以降は本人が毎年義務付けられる受取額に対して毎年課税されることになることを意味します。一方、この最少額を引き出さなかった場合は、「引き出されていたであろう額」に対してペナルティとして50パーセントの率で課税されます。


 誰をIRAの受取人にするか決定する際には、上記の条件を十分に考慮する必要があります。同時にこれらの条件ばかりでなく、配偶者間での贈与に対する免税・課税据え置き措置、それらを最大限に利用するためのQTIP,QDOT(外国人の配偶者の場合)信託の設定、遺産税控除額との兼ね合いも検討する必要があります。


 生命保険の場合は、夫婦で家族信託を設定する場合には通常受取人として信託の受託人(つまり信託:生存する一方の配偶者が受託人であることが多い)を指定することが多いのですが、IRAの受取人はとしては受託人(つまり信託)を指定することは必ずしも税法上有利とはなりません。通常は、生存する一方の配偶者を相互に指定しておくことが一般的です。夫婦間であれば、遺産税免税・据え置き措置が適用されますので、そのまま生存する配偶者が死亡した配偶者のIRAを受け取り、課税されることなく自らのIRAに転換(Roll Over)したり、またはそのままの形で、通常の法定余命(一覧表でIRSが示す)に従って残高から毎年法定額を受け取り、その額に見合う納税をするということになります。この場合も、生存する配偶者が死亡した配偶者より特に年齢が若い場合は、別枠の法定余命ルールを使用することもできます。


 状況によっては、生存配偶者自身がかなり高齢になっており、法定余命が相当少なくなっており、しかもIRAの残高が極めて大きい場合などは、生存配偶者より次の世代の(つまり死亡した配偶者と生存配偶者の子供)受取人を指名する方が節税対策としてはるかに有利であり、生存配偶者が独自に資産が十分ある場合などは、そのような状況となることが明白になった時点で(両方の配偶者が生存している時点で)受取人の指定を変更することもあるでしょう。この場合の考慮は主に、できるだけ長期にわたりできるだけ長期の法廷余命に従って毎年IRA残高から資金を受け取り、これに対してできるだけ小額の納税をするにはどのような配分が有利か計算することになります。次の世代の子供が3人おり、この3人が同時にIRAの受取人となる場合は、この3人の中で最も年齢の高い者を基準として法定余命(つまりIRA資金の支払いを受ける年数、つまり間接的に納税額)が決定されます。


 極論すれば、「できるだけ若い受取人を指定すればよい」という言い方もできますが、それはそれでまた別の問題を生じる可能性もあるため、残された配偶者の経済的事情その他の事情を十分に考慮して総合的に決定する必要があります。個々の事情に応じて、税法、信託法などに豊富な知識をもつ人の助けを得て、IRAの受取人を誰にすべきか検討する必要があります。また、一度受取人を決定しても時の経過により、状況が変化しますので、一定の間隔で「IRA受取人の現行の指定が適正か否か」を確認し、時と場合に応じて最も有利な受取人指定に変更する必要もあります。IRA所有者が生存中にRoth IRAに転換しておくというのも、複雑な税法上の考慮を回避する一つの方法となりえます。


 ここでは上記のような概略の考察にとどめます。個々の場合については、それぞれの家族構成、それぞれの構成員の年齢、健康状態、資産状況、IRAの残高、所得税法、遺産税法、信託法など考慮する要因が多々あり、それぞれの状況を対応する各法律、法規に照らし合わせて検討する必要があるために、一般化して説明することはできません。遺言、信託の設定など、IRAその他の金融資産などの受取人指定に際しては、専門家と相談して個々の状況に応じて最適な計画を行うようにしてください。