2005年7月

 今回は、最近議会を通過したREAL ID ACTについてお話しましょう。この法律はイラク従軍部隊への補充資金を含む810億ドルの緊急補充予算計上法案に添付する形で上院・下院ともにほどんと議論されることなく通過してしまったものですが、この法律の一つの側面は、連邦政府の統一要求に合わせて各州が発行する運転免許証の要件を変更するという重大な結果をもたらすことです。特に外国人への運転免許証発行という点で、現在よりもはるかに厳しい条件になることが予想されています。


 国民背番号カードとしての免許証 ご存知のとおり、米国の運転免許証は各州が発行しています。現在各州の運転免許証は、デザインが多様であり全国的統一性がありません。今回の法改正(下院を通過した後、2005年5月10日に上院を通過)の結果、各州のDMVは2008年までに転免許証発行に際して申請人が米国市民・または適正なVISAの下で米国に滞在中である者であることを証明する4つの証明となる文書のコピーを申請者に要求しなければならなくなりました。それらの証明は、生年月日を証明する出生証明書、外国人の場合は適法に滞在することを証明するVISAなどの書類、写真入りの証明書(パスポートなど)、ソーシャルセキュリティ番号を示す書類(ソーシャルセキュリティカードなど)、および住所を証明する電気料金請求書などです。そして、DMVはそれらの証拠書類は、顔写真も含め紙の文書として7年間、電子ファイルとして10年間保存することを義務付けられることになります。これらの条件を2008年までに満たしていない州が発行する運転免許証は、飛行機への搭乗、銀行口座開設、連邦政府の建物(裁判所などを含む)に立ち入り、連邦政府の提供するサービス付与などの際にID確認用として使用できなくなるということですから、必然的に全ての州が要求項目を満たす方向に動くでしょう。しかし、その結果、合法的に免許証を取得できない者にとっては、米国内での日常生活が限りなく不便になるでしょう。


REAL ID ACTは外国人テロリストの米国侵入を止めることができるか?


今回のREAL ID法の成立は、名目としては「外国人テロリストが米国に侵入することを防ぐ」ことを目的としています。しかし、実際にこの法律がこの目的を達成するか否かは賛否両論真っ二つに分かれています。法案の立案者である共和党下院議員のJames Sensenbrenner氏は「REAL ID法により外国のテロリストがテロ攻撃を準備する間米国内に隠れることを不可能にする」と自画自賛しています。しかし、実際に米国内にはすでに約1000万人の違法在留者が存在すると言われています。これらの人々は、免許証が取得できなくなったからといって、米国から即時出て行くでしょうか。何とか生活するために低賃金労働に甘んじて米国内で違法に働いている人々が、免許証を取得できなくなったからといって祖国で彼らの送金だけを頼りにしている家族を顧みずに米国から出て行くでしょうか。おそらく、より深く地価に潜る生活をするようになるだけでしょう。また、テロリストが米国に侵入することを防ぐという目的ですが、9.11のテロリストたちのほどんとが合法的なVISAを取得して米国に滞在しており、運転免許証も「合法的に入手済み」(19人のテロリストは、総数13の運転免許証、21の米国または州発行のIDを所有していた)であったという事実を考えるとき、今回の法改正はテロ活動を目的として米国に「合法的に入国」する人々には何らの効果も発揮しないであろうと予測されます。これらのテロリストは、合法的に運転免許証を取得しており、その中の数人は偽の居住証明などを使用してこれらの免許を取得したとされています。今回の法改正でも、運転免許証発行のための証明書類が偽であった場合、本当にDMVの係官の目でそれを偽と見抜くことができるのでしょうか。疑問です。また偽書類発見のために、各係官が一人一人の申請者について膨大の時間を費やすことになる危惧もあります。今でも混み合っているDMVの窓口は新たな要求を抱えますます待ち時間が長くなることでしょう。
 先日JBAAから回覧されてきたメモによりますと、日本から転勤されて来られる方々の多くが取得されるE-VISAの場合にはI-94の期限が理由不明ながら1年とスタンプで押されるということで、1年を過ぎてから滞在する場合(ほとんどの場合であろうと思われます)運転免許証が取得または更新できなくなるという問題が起こる可能性があります。このことも深刻な問題です。その他のVISAでもI-94の期限がVISAの期限と必ずしも一致しないという現状から、さまざまな問題が予想されます。DMVの係官がVISA有効期間とI-94の期限のどちらを見て「合法的在留」を判断するのかという点を考えてみただけで、多くの混乱するケースを想像することができます。
移民の権利擁護の団体・個人の多くが今回の法改正がいたずらに移民の権利をこれまで以上に蹂躙するものであるという立場から反対しています。REAL ID法そのものの合法性(合憲性)を問うための訴訟なども、すでに人権擁護団体、州当局などにより準備されているようです。ニューヨーク州では州の裁判所の判事が「DMVは米国市民であることを証明できない者にも運転免許証発行を拒否してはならない」という判決をすでに出しています。

無免許運転者の増加

運転免許証を取得する条件が厳しくなるため、無免許で運転する人の数が増えることが予想され、無免許で運転する者は自動車保険に加入することもできませんので、一般市民が経済的、身体的危険に晒される度合いがより大きくなりそうです。


州政府の資金的および作業負担


 今回のREAL ID法成立は、各州に運転免許証発行手続きの「改正」を実施的に強制するものですが、州当局の財政的負担は5億ドルから12億ドルにも及ぶという予測もすでに出ています。80万人余りの違法移民(同州の農業の主な支え手)を抱えるといわれるカリフォルニア州のシュワルツネガー知事もこの法律に早速反対の立場を表明しました。多額の財政的負担を強いる法律ですが、同法は連邦政府から各州への財政的支援については手当てしておりませんので、州当局は負担のみを強いられるという結果になります。


 今回のREAL ID法成立により、州のDMV係官たちは上記の4つの証明を審査する立場に陥ることになりますが、現在100以上あるという合法的VISAについて、適法在留期間などの判断がDMVの係官にできるでしょうか?移民法専門の弁護士、移民局の係官・審査官などでも混乱してしまうほど複雑かつ多様なVISAおよぼびそれらのVISAに関連する規則をDMVの係官が熟知するようになり、適正な判断が下せるようになると予測することは困難です。DMV係官の頭の中でVISAに関する情報が混乱し、誤った判断の結果免許証の取得ができなくなる人々が大量に出ることが予想されます。例えば、グリーンカード取得申請後、ステータスの変更・VISA交付を待っている期間の人々は正確には適法VISAがないことになりますが、それらの人々は運転免許更新ができなくなる恐れもあります。よく見られる例では、学生VISA(F-1)などの期限がパスポート上に記入されており、その期間を過ぎてもDURATION OF STATUSという奇妙なステータスで学業を続ける人々などは、一律に「VISA期限が過ぎている」という理由で運転免許更新ができないというような事態も予測できます。公共の交通機関がほとんど機能していないような地域に住む人々は運転免許証が取得できなければ、生活できなくなる恐れもあります。


 プライバシー保護、ID泥棒の問題

 多くの州の知事、DMVなどが上記のようなコピー提出を要求される情報をデーベースに保存、将来的には全ての州間で相互にアクセス可能にすることの危険についての懸念をすでに表明しています。今回のREAL ID法の成立の結果、運転免許証上には将来的に各免許証所有者の生年月日、住所、ソーシャルセキュリティ番号、および、将来ホームランド・セキュリティ当局により追加される可能性がある指紋と網膜データなど、またその他の重要な情報が「機械読み取り可能な形式」でデータチップなどに保存されて表示されることになります。これは、現在でもクレジットカードのデータが頻繁に盗難に会うことを考えると、極めて危険度が高いように思われます。また、DMVに勤務する者が悪質な意図をもって運転免許証偽造よりはるかに利益が高い「データ販売」を行わないという保証はどこにもありません。(現在でも、運転免許証取得者のデータがDMVの手で第三者に渡されていることを皆様ご存知でしょうか?)今回の法は、そのような問題ににどう対処するのかということには一切触れておりません。皆様の中には、つい最近ツーソンのクレジットカード取引処理会社から4000万人分のクレジットカードの番号が盗まれてしまったというニュースを憶えている方もあるでしょう。この盗難の場合には、カード番号のみが盗まれたようで、それらの番号に対応する人々の住所、ソーシャルセキュリティ番号、その他のデータは盗まれていないようですが、2008年以降、各州のDMVが保存する個人データが相互に別の州からもアクセスできるようになる(インターネットを介することになるでしょう)、そして全ての重要な個人情報が一つのチップ(ファイル)に集約した形で保存される、という事実を考えると、ハッカーがこれらを入手してしまったら、大変なことになると容易に予想できます。そして、ハッカーにとってはそのような行為は「朝飯前」であるかもしれないことを考えると、ぞっとします。ID泥棒にとって、これほど便利な「釣堀」は他に存在しないでしょう。現在でもチップやクレジットカードのマグネット部分に保存されているデータをスキャナーなどで読み取ることができますが、問題は運転免許証に上記のような重要な個人情報が全て一覧記載(チップ上など)されるようになると、バーなどに行ったときに偽造免許証ではないかとスキャナーでチェックされる場合もあり、その後それらの情報を当該バーが情報として第三者に売却することを禁止する法律も存在しないということです。
REAL ID法は全ての運転免許証申請者に対して住所を証明する書類提出を義務付けていますが、現在いくつかの州で実施されている「家庭内暴力などの被害者」などが現住所を秘密にできる制度も、その効力を無くし、これらの被害者たちは危険に晒される恐れもあります。新REAL ID法には裁判官、警察官、検察官など住所を秘密に保持することが身の安全のために必要な人々に関する特例条項も存在しません。最近、裁判官が恨みにより殺害される事件などが発生していることを考えると、これも問題です。

 
偽免許証の問題


 現在でも、多くの偽免許証がアンダーグラウンド市場で売り買いされており、その相当数がDMVに勤務する者により偽造されたものであるということが知られています。現在よりもさらに運転免許証取得が難しくなれば、偽造運転免許証の「市場価値」は高まるばかりであり、REAL ID 法は偽造の問題に対処する側面を有さず、結果的に偽造と売買を奨励することになるものと予想されます。


 以上のように、議会で十分議論されることなく通過した今回のREAL ID 法は問題点を多く持っております。新聞、テレビなどマスメディアではこの問題はほとんど取り扱われませんでしたが、今後も成り行きを見守り、米国市民、永住許可者の方々は、自分の居住する地域の下院議員、および上院議員などに手紙、電子メールなどで意思表示し、同法の問題点を改正する方向に動くように奨励することもできます。外国生まれの居住者、短期滞在者ではあっても米国で勉学、勤務をする外国人が困難、著しい不便を強いられることがないよう、また全てのコミュニティの人々が無免許・無保険の運転者から被害を蒙る機会を減らし安全に生活できるようにするためにも、今回のREAL ID法成立で直接不便を蒙ることのない米国市民、永住許可者も何らかの意味で「明日はわが身」と考え、この問題を考え、できることから行動を起こしましょう。