2012年2月
2012年を迎え、新年早々にインターネット上での言論の自由を巡っての大騒動を起こすきっかけとなったのはいわゆるSOPA(Stop Online Piracy Act:下院に提出されていた法案)とPIPA(Protect IP Act:上院に提出されていた法案)でした。
1月18日にはGoogle、Craigslist, Reddit、Wikipediaを初め70,000以上ともいわれる多くのサイトがこれらの法案に反対してそれぞれのサイトを部分的または全面的にシャットダウンし、googleは450万人の両法案反対署名を集めて議会に提出したということです。皆様の中にも、この日にWikipediaにアクセスしようとしてこのサイトが使えなかったという経験をした方もあるかもしれません。この法案を支持・推進していたのは米国の映画協会や著作権推進グループ、アーチストたちでした。
SOPA/PIPA推進派が主張する両法案の目的
上院・下院に提出されていた両法案の内容は極めて似通ったものでした。共にインターネット上でアーチストの作品、映画、その他の知的財産を違法にコピーして米国内の消費者に転売するという違法ビジネスを展開する外国のウェブサイト、会社などに対して、著作権者から苦情の申し立てがあればそれらのサイトのホストやIPSが対象サイトをシャットダウンする義務を負うという内容のものでした。
MPAA(Motion Picture Association of America:米国映画協会)、放送業界、MPAA、NBCUniversal、Time Warner、Viacom、ASCAP、BMIなどがメンバーであるCopyright Alliance(著作権同盟)などの著作権擁護団体など、両法案の支持者たちは、これらの違法行為を行うサイトは主に米国外にあり、米国の消費者に対して違法に映画や音楽などのコンテンツの違法コピーを安価に提供し、米国内の著作権者・知的財産権所有者の権利を侵害してきたので、そのような行為ができなくようにする必要があると主張しました。この目的のための違法サイト・会社取締りの方法としては、著作権所有者から権利の侵害苦情の申し立て(「著作権法違反または違反を助ける行為があった」という)が司法長官に対してなされれば当該サイトのホストやISP(Internet Service Provider)はそのサイトをシャットダウン(リンクをブロックし検索できなくする)する義務を負うというものです。
ここで重要なのは、法的手段(裁判など)により有罪と認められた時点でシャットダウンするということではなく、違法行為であるという訴えが著作権者から出された時点でシャットダウンするというタイミングの点、そして例えばyoutubeに一つでも著作権違法の映像が提示されれば理論的にはyoutube全体がブロックされてしまうという可能性でした。 両法案に反対の団体や個人は、著作権の保護・違法コピーの不正使用を取り締まるという主旨は理解できるが、手段が「事前検閲」に当たるとして激しく反対しました。つまり、通常では刑法上の罪の名の下に裁かれる場合は、「有罪と決定するまでは無罪と仮定・推定する」という原則に則るのに対して、両法案が成立すれば「無罪と証明されるまでは有罪と仮定・推定する」という逆の原則に変わってしまうという点に危機感を示しました。苦情が提出された時点でサイトのシャットダウンが義務付けられれば、これはもう「事前検閲」に他ならないという主張です。
Wikipediaなどは、自らの活動はインターネット百科事典であるのに「サーチエンジン」であると規定され、The Pirate Bayなどというサイトについて解説のために触れたりリンクしたりすることを全面的に禁じられる危険があるとして、米国憲法修正第一条(言論の自由)に違反するものとし両法案に絶対反対の立場を取りました。
抗議行動
Googleは抗議当日(1月18日)に450万人が両法案に反対の署名を行ったと述べ、またElectronic Frontier Foundationは35万人の人々が議会に対して100万通以上の抗議の手紙を送ったと述べています。
ニューヨークタイムズの1月18日付け記事(「With Twitter, Blackouts and Demonstrations, Web Flexes Its Muscle」)によると、議会の議員たちに対して選挙区の住民が容易に電話をかけられるようにするウェブ上のサービスEngine Advocacyを介して18日のある時間帯に一秒当たり約2000の議会への通話が記録されたということです。Wikipediaは、そのサイトから約400万人が抗議先の情報を得て議員に連絡したと報告しています。1月18日にWikipediaにアクセスした人は「Imagine a World Without Free Knowledge(無料で得られる知識にアクセスできない世界を想像してみてください)」という掲示がスクリーン上に表示されているのを見ることになりました。上記の記事によると、インターネット上の抗議ばかりでなく、ニューヨーク、サンフランシスコ、シアトルなどの都市では両法案反対デモが組織されたということです。
オバマ政権の態度
オバマ政府は、抗議行動の直前のタイミングで外国の違法サイトの活動は深刻な経済的被害を米国にもたらすもので厳格な立法を必要とするが、今回の両法案は米国内の表現の自由を制限し、インターネットの基本的アーキテクチャーを変えることによりサイバー・セキュリティの問題を増大させ、ダイナミックな創造性を世界中のインターネットから奪う危険があるので反対であると態度表明しました。
議会の反応
両法案を支持すると表明していた議員たちの多くが抗議行動の激しさに押され、「反対」に態度を変えました。上院では26名の議員がPIPA支持から反対に変わりました。また上院のハリー・リード多数派リーダー(民主党)は、1月24日に予定されていたPIPAの投票を延期すると発表しました。
現在のところPIPA支持派の核となる上院議員たちは主として民主党議員です。下院法務委員会のラーマル・スミス委員長(共和党)は、明らかにSOPAについては広く合意が得られていないことが判明したので、2月に予定されていた公聴会もキャンセルすると述べました。現時点では、SOPA投票は無期限延期という状況です。
シリコンバレー対ハリウッドの戦い?
今回の抗議行動がシリコンバレー対ハリウッドの戦いであったとすると、現時点ではシリコンバレーの勝利に終わったと考えられますが、おそらくこのような法案が議会に提出されるのはこれが最後ではないでしょう。今回の一番の見所は、主としてインターネットを介した抗議行動が政治に大きな影響を即時与えたという点です。今回の大きな抗議行動の結果、多数の上院・下院議員たちが即時「賛成」から「反対」に態度を180度転換したという現象も極めて興味深いものでした。